健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT

健康寿命をのばそう!アワード

「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣 優秀賞 団体部門 受賞団地の空き室をみんなが集う食堂に
~健康メニューと楽しい食事の場で健康寿命を延伸~

大阪府住宅供給公社(大阪府大阪市)
NPO法人チュラキューブ(大阪府大阪市)
NPO法人SEIN(大阪府堺市)

大阪府住宅供給公社では、管理する賃貸住宅に暮らす高齢者の健康寿命を延ばす取組として、
2つのNPO法人との協働で食堂や惣菜店を、賃貸住宅の空き室を利用して運営しています。
「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」で、厚生労働大臣 優秀賞 団体部門を受賞したこの取組について、
同公社広報の田中陽三氏、住宅経営課の川原光憲氏、NPO法人チュラキューブの代表理事の中川悠氏、
NPO法人SEINの代表理事の湯川まゆみ氏にお話を伺いました。

――「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働大臣 優秀賞 団体部門を受賞されましたが、賃貸住宅を管理している大阪府住宅供給公社(以下、公社)と、健康寿命の延伸とが結びつきにくいイメージがあります。健康寿命の延伸への取組には、どのような意味や役割があるのでしょうか。

田中陽三氏(以下、田中氏):居住者の健康寿命の延伸は、公社にとって畑違いの取組ではなく、切実な課題です。今回の取組の舞台となった大阪市住吉区の「OPH杉本町」にも、堺市南区の「茶山台団地」にも、それぞれを終の棲家と考えている多くの高齢の居住者が暮らしています。そうした居住者に長く暮らしてもらうには、健康寿命を延ばすことが必要なのです。

川原:団地の活性化を目的に、2015年から再生プロジェクトを始めた茶山台団地では、20年以上暮らしている居住者が40%以上に達し、65歳以上の高齢者の割合も30%を超えていて、周辺地域よりも高齢化が進んでいます。OPH杉本町は高齢者用・一般用賃貸住宅として建て替えたものなので、バリアフリーになっていますが、900戸を超える茶山台団地では、階段の上り下りをしなければならない環境にあります。健康で元気でないと、長く暮らしていただけないわけです。

大阪府住宅供給公社
広報 田中陽三氏
大阪府住宅供給公社
住宅経営課 川原光憲氏
NPO法人チュラキューブ
代表理事 中川 悠氏
NPO法人SEIN 代表理事
湯川まゆみ氏

――健康寿命を延ばすために、食堂や惣菜店を運営するというのは、なかなか思いつかないアイデアですね。高齢者の「食」に着目した背景を教えてください。

「茶山台団地」(大阪府堺市南区)の一室をリノベーションした「やまわけキッチン」。関係者や住民が力を合わせて店を作っていった(提供:NPO法人SEIN)

川原光憲氏(以下、川原氏):高齢の居住者には健康の維持・管理だけでなく、孤立化という問題もあります。そのことを強く感じたのが、OPH杉本町で生じている居住者の孤独死が多いという状況でした。茶山台団地でも、居住者の高齢化とともに自治会活動などが低調になり、居住者間のコミュニケーションを活性化させる対策が必要となっていました。居住者を対象に行ったアンケート調査でも、デイサービスの拡充などと並んで、高齢者の見回りを求める声が多く挙がっています。さらには、空き家の問題もありました。空き家の増加は全国的な問題になっていますが、私たちが管理する賃貸住宅も例外ではありません。たとえば71戸あるOPH杉本町も約20戸が空いていて、今回の取組が住宅の付加サービスとしての魅力向上につながり、空き部屋対策にもなればと考えました。こうした課題を解決するアイデアとして、中川さんや湯川さんから提案されたのが食堂や惣菜店の運営だったのです。

――中川さん(NPO法人チュラキューブ)や湯川さん(NPO法人SEIN)は、食堂や惣菜店のアイデアを何から思いついたのですか。

中川悠氏(以下、中川氏):NPO法人チュラキューブでは、堺市の泉北ニュータウンで、空き住戸を使った公社の新しい事業をサポートしたことがあり、それが公社とのつき合いの始まりです。チュラキューブでは、さまざまな障がいを持つ人の働く場をつくることが事業のひとつになっていて、カフェと障がい者福祉施設を合わせた事業所を運営した経験がありました。そのことが、今回の「杉本町みんな食堂」の提案につながっています。食堂は、バランスのとれた食事を提供して高齢者の健康増進に寄与するとともに、コミュニケーションの場としても機能します。その一方で、障がい者には働く機会を提供することができるので、高齢者にも障がい者にもメリットがあると考えたわけです。

湯川まゆみ氏(以下、湯川氏):NPO法人SEINと公社との関係が生まれたのは、茶山台団地の再生プロジェクトの一環として行われた茶山台団地集会所を活用したコミュニティ支援に参画したのがきっかけです。その再生事業を居住者と進める中で、食事も一緒にとりたいという声が居住者から挙がったことから、一人1品ずつ料理を持ち寄って、みんなで食事をする会を「オトナカイギ」と称し、毎月1回開くことになりました。この食事会が、現在の惣菜店である「やまわけキッチン」のヒントの一つになっています。さらに、食料品などの日常の買い物がつらくなっているという高齢の居住者の声があったこと、団地の空き住戸を使ってできること、私自身のコミュニティカフェの運営経験などを考え合わせた結果、たどり着いたのが「やまわけキッチン」のアイデアでした。

――公社としては、「杉本町みんな食堂」や「やまわけキッチン」のアイデアをどのように受け止められたのでしょうか。

川原氏:私たちが取り組んでいる団地の再生は、ただ住宅を再生するのではなく、生活そのものを再生することを目指していたので、社会や暮らしの課題の解決を図って、団地の再生や魅力の向上につなげるという中川さんや湯川さんのアイデアは、素直にうれしく思いました。ただ、団地での事業はなかなか難しいと考えていたので、不安を持ちつつ期待していたというのが正直なところでした。

――期待と不安が交錯する中でのスタートだったようですが、「杉本町みんな食堂」は2018年8月のオープンから、「やまわけキッチン」は同年11月のオープンから、それぞれ順調に運営を続けていますね。

中川氏:「杉本町みんな食堂」では、健康を気遣い、かつ見栄えもよく、さらにボリュームもある日替わりメニューを週3日、350円で提供しています。3人の障がい者が働いていて、中心となっているスタッフには料理人の経験があります。必要に応じて健常者のスタッフがサポートにあたり、栄養士が食塩摂取量やカロリーなどのチェックやアドバイスを行っています。

湯川氏:私たちのスタッフとして、茶山台団地及び周辺の団地などに暮らす4人の主婦の方々が働いています。家庭料理のような食事を提供すること、季節の野菜を中心に、バランスのとれたメニューにすることを心がけて、惣菜や定食を手作りしています。惣菜は100円から、惣菜にご飯と味噌汁がついた定食は500円からとしています。営業は週4日です。

「OPH杉本町」(大阪市住吉区)の「杉本町みんな食堂」では、栄養バランスに配慮した日替わりメニューを350円で提供(提供:NPO法人チュラキューブ)

――「杉本町みんな食堂」や「やまわけキッチン」の運営を継続する上で、重要なポイントや大切にしていることには何があるのでしょうか。

「やまわけキッチン」は、イートインもできる惣菜店。「やまわけ盛り定食」(700円)(写真下)は肉と野菜をバランスよくとれる健康的なメニュー(提供:NPO法人SEIN)

中川氏:「杉本町みんな食堂」では、1日に10人から15人の利用があり、それが週に3日ですから、収益は大きなものではありません。しかし、この取組をソーシャルビジネスのモデルケースのひとつにしたいと考えていて、また、障がい者を定年まで支えることを、私たちの活動の目標にしていることから、現在の仕組みと収益を守って、できる限り長く続けることを目指しています。

湯川氏:私たちも同じです。すでに他の団地から、「うちでもやりたい」と声がかかっていることもあり、細く長く続けていきたいと考えています。現在の収支は、売り上げから2人のスタッフの人件費と食材の費用、光熱費などの経費を差し引くとほぼトントン。私自身は無給です。ただし、居住者や周辺の農家などから野菜をもらうことが多く、食材の費用はかなり抑えられていると思います。ちなみに「やまわけキッチン」と名づけたのは、山賊ではありませんが、何でも平等に分けたいという思いに基づいたもの。もらった野菜も惣菜にして、利用者の皆さんに平等に分けるようにしています。利用客から「うれしいことも、つらいこともみんなで山分けにしましょう」と言われたことがあり、思いがきちんと伝わっているようで喜んでいます。

――2年以上にわたる取組によって、得られたものも少なくないと思います。成果や効果について教えてください。

川原氏:何といってもうれしいのは、それぞれの住宅に食をテーマとした住民の方々の新たな居場所ができ、それが定着していることです。また、空き住戸が減った点についても成果として捉えています。約20戸あったOPH杉本町の空き住戸は5戸にまで減少しました。茶山台団地も同様です。毎年、約10戸ずつ増えていた空き住戸が減少に転じました。それだけ団地の価値が高まったと考えています。

湯川氏:日常のごく当たり前の惣菜を提供していることもあって、惣菜に関するさまざまな話を利用客から聞くことができます。惣菜の味つけに対する批評や、調理に対するアドバイスに始まり、惣菜にまつわる思い出話やエピソードなどを、独り暮らしのお年寄りや、高齢者夫婦の利用客などが話してくれるわけです。中には「やまわけキッチン」以外では、人と話す機会がないという人もいます。惣菜を通じたコミュニケーションが、ここまで活発になるとはオープン前には想定していなかったので、食の力を改めて実感するとともに、「精神的な栄養」も提供できているのではないかと考えています。

「杉本町みんな食堂」(写真上)、「やまわけキッチン」(写真下)のどちらも、さまざまな世代の住人が集まり、交流するコミュケーションの場になっている(提供:NPO法人チュラキューブ、NPO法人SEIN)

中川氏:たしかに「杉本町みんな食堂」も、集会場として機能していますね。常連の利用客を中心に小さなコミュニティが生まれているので、いつも来る人を見かけなくなると、「よきおせっかい」とでも呼びたい常連客が、安否確認を行ったりするようになっています。

湯川氏:「よきおせっかい」は私たちのところにもいます。利用客の中に認知症を患っている人がいらっしゃる場合もあります。そうした人のちょっとした変化や違和感なども、「よきおせっかい」が気づいて、私たちに知らせてくれたり、家族に連絡してくれたりするわけです。

中川氏:食堂をオープンする前は、高齢の居住者の健康やコミュニケーションを支える取組と考えていましたが、「よきおせっかい」の常連客が何かと気遣ってくれるので、今では、守られ、支えられているのは私たちの方だと感じることが少なくありません。

――コロナ禍によって、飲食業や地域のコミュニケーションが大きな影響を受ける中で、「杉本町みんな食堂」や「やまわけキッチン」はどのように対応しているのでしょうか。

中川氏:2020年春に1回目の緊急事態宣言が発出された際に、食堂の運営を継続するかどうか、利用客を含めて皆さんの意見を聞きました。つながりを保つために運営を続けてほしいという声が多かったので、感染予防策を徹底した上で運営を続けています。2回目の緊急事態宣言を受けて、営業時間を1時間短縮しました。

湯川氏:「やまわけキッチン」を訪ねることが、1日の運動になっている高齢の利用客もいるので、そうした利用客の生活のリズムを崩さないために、最初の緊急事態宣言の際に、運営を続けることを決めました。ただし、店内で食べることができるのは、茶山台団地の居住者で65歳以上の人に限定し、その分、弁当などの配達を積極的に行うようにしました。感染予防と利便性の確保を図りながら、これからも運営を続けるつもりです。

――空き室の減少、居住者のコミュニケーションの活性化など、これまでの取組はたしかな効果をもたらしています。公社、NPO法人それぞれにとって、協働はどのような意味を持つのでしょうか。

田中氏:公社と賃貸住宅の居住者との関係は、いわば大家と店子の関係です。団地の再生事業は居住者中心に進めることが重要だと考えていましたが、公社と居住者だけでは、大家と店子ですから、どうしてもフラットな関係が築けないおそれが残ります。NPO法人に公社と居住者の間で調整してもらうことで、事業を円滑に進めることが可能になると思います。団地内での事業も同様です。公社と事業者だけでは、発注と受注の関係から抜け出せませんが、NPO法人が加わることで、パートナーとして事業に臨むことができるようになります。

湯川氏:大家と店子の間に入って、両者をつないでいくというNPO法人の立ち位置の重要性を、今回の取組で改めて認識しました。

中川氏:居住者の話をじっくりと聞いたり、困りごとなどを吸い上げて公社と話し合ったりすることも、私たちの役割です。公社と対等でフラットな関係を築くことが、どの事業でもポイントになると思います。

川原氏:団地の再生事業については、公社単独ではなく、NPO法人や企業などと連携して行うことが重要と考えています。その連携の際には、公社は課題の認識と再生後の団地のアウトカムをしっかりと持ち、課題解決に向けたアプローチのアイデアはNPO法人や企業に任せるのが成功に導くポイントになると思います。その点で、「杉本町みんな食堂」や「やまわけキッチン」は、公社とNPO法人がパートナーシップを結び、社会課題の解決を通じて団地の再生にあたった好事例だといえるでしょう。

※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。