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「第5回 健康寿命をのばそう!アワード」 厚生労働大臣 企業部門 優秀賞 受賞健康関連データの経年分析に基づく、
生活習慣病予防の新戦略策定と医療費の適正化達成
株式会社内田洋行
内田洋行健康保険組合
保健指導を行うことで生活習慣病などのハイリスク者を減らしても、
翌年には新たなハイリスク者が生まれる――。一方で、健保財政は火の車。
この2つの課題を解決するために、株式会社内田洋行と内田洋行健康保険組合は、
いち早くデータヘルスに取組、「第5回健康寿命をのばそう!アワード」の
厚生労働大臣優秀賞を受賞しました。
内田洋行健康保険組合の秋山慎吾理事長、津田秀明常務理事、山本さゆり事務長に、
どのように取組を進めてきたのか、お話を伺いました。
――厚生労働省のデータヘルス計画が始まったのは2014年ですが、内田洋行、内田洋行健康保険組合は、2013年にデータヘルスの取組をスタートしました。何がきっかけだったのでしょうか。
秋山慎吾氏(以下、秋山氏):直接のきっかけは健保財政の悪化です。会社がリーマンショックの影響を受け、それまでは60~70人採用していた新卒者の人数をしばらくの間大きく減らしました。一方で、被保険者である社員の平均年齢は上がっていくので、年齢構成のバランスは崩れていきます。保険料収入は減っていくのに、支出は増えていく、そういう悪循環が2012年頃にはっきりと見えてきました。
保険料率を上げざるを得ない状況になってしまったのですが、これを機に健保組合としての原点に戻って立て直しを図ることにしました。健保組合としての原点とは、被保険者やそのご家族の健康を第一に考え、疾病の予防や重症化の防止に取り組むということです。もちろん、病気の人を減らすことは、健保財政の健全化にもつながります。
とはいえ、実態を明らかにするにしても、原因を特定するにしても言葉だけでは難しい。やはり、数字で“見える化”していくことが重要です。そうしたことからデータヘルスの取組をスタートさせました。
山本さゆり氏(以下、山本氏):データヘルスを始めた背景として、業務改善を図るということもありました。当時、保健師が1人(現在は2人)いたのですが、健診の事務処理が忙しくて保健師としての仕事がなかなかできずにいました。その状況を改善するためにはどうすればいいかということを考えたときに、「データヘルスによる業務改善」に行き着いたのです。また、単に健保組合内で業務を改善するのでなく、外部のヘルスケア事業者に協力してもらうことでコスト改善も実現しました。
最初に行ったのが、それまで健保組合で実施していた健診を外部委託に切り替えたことです。それにあたって検査項目の見直しを行い、必要な場合に事後で算出可能な検査や、他の検査により把握可能な検査は削除し、有効なスクリーニング検査やがん検査を新たに追加することでメリハリをつけました。その結果、約2割のコスト削減につながり、浮いたお金を「発症・重症化予防の現状分析」に「再投資」することで、データヘルスや保健事業推進という流れができました。
――具体的にはどのように進めていったのでしょうか。
秋山氏:予算の面では、まず、保健事業全体の施策の見直しを進め、絞るところは絞る、変えていくべきところは変えていくことで支出を減らし、そこで浮いたお金を使うこと。これと併せて、国の補助金を活用することを考えました。
また、データヘルスと健保財政の健全化の両方を実現するためには、外部のヘルスケア事業者の協力が不可欠と考え、株式会社ミナケア(以下、ミナケア)に協力してもらうことにしました。
データヘルスの目的の一つは“見える化”で、危機に瀕しているハイリスクの方を明らかにすることと、その予備群がどのくらいいるかを探ることがポイントです。そして、その原因が生活習慣病なのか、肝機能の低下なのかなど、傾向を分析しながら計画に結び付けていく。このようなデータヘルスのPDCAサイクルをミナケアと一緒にステップ・バイ・ステップで作り上げていきました。
山本氏:システムや使い勝手などは、ミナケアの「元気ラボ」をベースに、保健師を含めて健保組合のメンバー全員で意見を出し合い、独自の「UCHIDA元気ラボ」にしていただきました。データを扱う専門知識がなくても、ボタン1つで対象者を抽出できたり、メールで受診勧奨できたりする仕組みは、かなり画期的でした。
秋山氏:システムを考えていく上では、健保組合として被保険者やそのご家族としっかりと接していくためにはどうすればよいかという視点も重要です。大きく分けて、健康リスクの度合いが高い方と低い方がいるわけですが、ハイリスクの方に対する保健指導は保健師などの専門職でなければできません。一方で、リスクの度合いが低い方への、いわゆるポピュレーションアプローチについては、システム化できる部分が大きいわけです。このような対象者と施策の切り分けを、データを使って効率的に行うことが、「UCHIDA元気ラボ」の当初のねらいの一つでもあります。
――2013年度に「UCHIDA元気ラボ」を導入してデータを分析したところ、生活習慣病のハイリスク者が109人いることが判明。保健師によるハイリスクアプローチによって継続的にハイリスクである者を減少させることには成功したものの、新規のハイリスク者が増加。つまり、ハイリスク者がいつまで経っても減らない“いたちごっこ”になっていることが判明したとのことです。この事実が分かったとき、健保組合としてどのように対策していこうと考えたのでしょうか。
秋山氏:健診結果が悪くても病院に行かない人がいるということは聞いていたので、ある程度は予想していましたが、「109人」という数字を見て、「多いな…」とは思いました。でも、ある意味、自然の流れとして仕方ない面もあります。いきなりゼロにはなりませんし、地道に時間をかけて、粘り強くやっていこうと健保組合のメンバーと話し合いました。
山本氏:データヘルスの1年目に109人というハイリスク者の数字が出て、保健指導を頑張ったことでハイリスク群から抜け出した方もたくさんいました。でも、2年目にまた101人、翌年もほとんど変わらないんです。ただ、変わらないのは表向きの数字で、中身を見てみるとメンバーは変わっているわけです。そこで数字が変わらないからくりに気付いて、「じゃあ、ハイリスク群に入っていく人を減らそう」と、運動・禁煙・食事・歯科健診・肩こり・体の痛み改善といったテーマで保健事業をスタートさせました。いわゆる、ポピュレーションアプローチですね。
現在、ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチを合わせて、10種類のテーマを立てています。これらの施策を行っていく上でも、外部のヘルスケア事業者の協力は欠かせません。見直しの際は、テーマは変えず、施策の内容を変えながらやっています。例えば、「食事」では、最初は利用者の健康状態に応じたレシピを配信してくれるアプリを使っていたのですが、PRがうまくいかず利用者を増やすことができなかったので、だったら今度は集合研修をやってみようとか、動画を配信してみようという具合です。
津田秀明氏(以下、津田氏):私は1年半ほど前に健保組合に入ってきたのですが、職員7人で10種類以上の施策をやっているかと、正直驚きました(笑)。その施策の推進ですが、ハイリスク者へのフォローは最重要ですが、ポピュレーションアプローチの大切さも実感しています。現在の取組では、ここ数年は「女性の健康」に重点を置いて、集合セミナーやアプリによる情報提供などの施策を実施しており、このコロナ禍の中では、在宅勤務等の方の運動不足解消もにらんで「運動イベント」に力を入れて、オンライン開催やアーカイブ配信を行っています。
――ところで、外部の事業者とは、現在、何社くらいの付き合いがあるのでしょうか。
山本氏:20社くらいです。効果測定が得意なところ、集合研修に長けているところ、食事や栄養に強いところなど、それぞれの事業者の特長に応じて、相談しています。他の健保組合とも横のつながりがあるので、情報交換しながら事業者とのお付き合いを広げていったり、逆に、事業者から他の健保組合をご紹介いただき、取組事例を学んだりしています。
津田氏:ICTは進化が速いので、常に新しい情報を取り入れていくためには、他の健保組合や事業者とのつながりが大切です。健保組合を対象にした、地域や業界内などで行われている研究会などにも積極的に参加するようにしています。会社内の組織より自由に動けるというか、新しいことに取組やすい土壌があると思います。
秋山氏:基本的に、人事系の業務は、「井の中の蛙」ではやっていけません。社会の流れや各社の取組などを知らないと、間違いなく遅れていきます。常に門戸を開いて外部の方々と交流すること、そして、それをウチダグループの中で一番活発に行っているのが健保組合でありたいと思っています。健保組合同士は、製造業でもサービス業でも業種に関係なくつながれますからね。
――開かれた健保組合ですね! 外部の事業者との協業をうまく進めていくポイントはなんでしょうか。
山本氏:サービス内容はもちろんですが、「人」も重要だと思います。健診を外部委託するときの5社でのコンペを行ったとき、ほとんどの事業者からパッケージをおすすめされたのですが、それだと以前からやっていた人間ドックを健診メニューに入れるのが難しかったんです。でも1社だけ、「健保組合のリクエスト通りにやりましょう」と、そのうえ、プラスアルファの提案まで提示してくれた事業者がいて、それが今もお願いしている株式会社LSIメディエンスです。私たちの話や要望にしっかり向き合い、より良いアイデアを提案し続けてくれたからこそ、今でも関係が続いているのだと思います。
秋山氏:一番は、私たちが保健事業をどうしていきたいのかを明確にし、保健事業そのものをしっかりと理解していただく。その上で、事業者に期待していることをお伝えすることではないでしょうか。するとどうしても、既存のパッケージでは合わない部分が出てくるので、それに対して工夫して合わせてくれる部分があるかどうかを見極めることです。あとはやってみないと分かりませんからね。まずは、それぞれの事業者が持っているノウハウや知見を活用して、活躍してもらうことです。
ただ1年後、なにがどうなったのかを評価することは大切です。その結果によって、マッチしていないものであれば、やめるという決断も必要だと思います。
津田氏:健保組合では、毎月1回、施策の効果検証を行う会合を持っています。数字的な評価だけでなく、実際に使った方の声、事業者の意見も聞きながら、総合的に判断しています。
――ウチダグループでは、年1回、「UCHIDA健康会議」を開催しているようですが、どのようなイベントなのでしょうか。
秋山氏:毎年9月に、グループ全体で健康について考え、取組を確認し合う機会を設ける目的で開催しています。健保組合や会社、人事部門のそれぞれの役割や取組について、広く社員の皆さんに知ってもらう意味もあります。主な参加者はグループ各社の経営層や保健事業担当者、労働組合の代表者などで、毎回100人くらいです。一般の社員も希望すれば参加できますし、テレビ会議で見ることもできます。内容は、グループ各社の保健事業の取組事例の共有、専門家の先生の講演などです。
山本氏:日本健康会議が発足した年に始めたんです。日本健康会議で産学官が連携して保健事業を進めていくことに感動して、「うちもやろう! じゃあ、『UCHIDA健康会議』だ!」と(笑)。
秋山氏:日本健康会議と比べるのはおこがましいですが、やるからには面白くやろうというのが持論でして(笑)。以前のUCHIDA健康会議には、ルネサンスのスポーツインストラクターの方に来ていただいて、体操やストレッチをしたりして楽しんでもらいつつ、健康について理解を深めてもらいたいと思ってやっています。
津田氏:ただ、今年はコロナ禍の影響で開催できなかったので、代わりにグループ会社を15社訪問しました。事業所ごとに健診データと特徴についてまとめた「事業所健康状況シート」や「健康スコアリングレポート」、オンラインで実施する体操などの健康づくりイベントのPRチラシなどを持っていき、各社の経営者や担当者に説明したり、イベントへの参加を呼び掛けました。各社の健康づくりに関する実態、課題や困りごとを把握する良い機会になったので、来年以降も続けていく予定です。こうした取組を続けていくことで、グループ全体の健康度向上や被保険者の皆さんの健康につなげていきたいですね。
――健保組合が会社とのコラボヘルスをうまく進めていくポイントはなんでしょうか。
山本氏:一番は、経営者にご理解いただくことだと思います。そのためには、実情や課題を数字で“見える化”すること(客観的データとエビデンス)が重要です。経営者の理解があれば、担当者も動きやすくなりますし、健康イベントを実施するにしても、経営者が参加していれば、社員の皆さんも参加しようという雰囲気が高まります。なので、今年度初めて事業所訪問をしたことで、距離は縮まったと思います。やはり、会って、話して、相手の困りごとに寄り添って、ということは大事です。
あとは、モデルケースをつくることも有効だと思います。パイロットとなる事例をつくることで「あそこがやっているならウチもやろう」という横展開のきっかけになります。健診の受診率一覧を提示することで「他社に負けていられない!」というライバル心に火がつけば、それを受診率向上の取組につなげていくこともできますよね。
秋山氏:当健保組合ができてから約50年経ちますが、これまでずっとグループ全体の保健事業をけん引してきました。制度設計などの部分は会社の人事部と協力しながらやっていますが、保健事業をどう進めていくかという全体の企画や施策の企画・実践などは健保組合がやります。保健師が健保組合に在籍しているからこそ、それができているのだと思います。
山本氏:健康というのは、心(メンタル)と体(フィジカル)の両方を見ていかなければなりません。心の健康が損なわれれば、体にも影響が出るものですし、逆もあります。心と体、双方の健康リスクを把握しながら適切な保健指導ができるのは、健保組合しかありません。そうしたことから、ストレスチェックをグループ会社から委託を受けて健保組合が実施しています。
津田氏:健診やストレスチェックなど心身の健康データを総合的に活用できることが当健保組合の強みになっています。今後もデータヘルスを推進していくことで、生活習慣病やメンタルヘルス不調の発症予防、重症化予防の取組を強化していきたいと考えています。
――新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、保健事業を運営していく上での今後の課題や、注視している健康課題についてお聞かせください。
津田氏:新型コロナウイルス感染症の影響で、ビジネス様式やコミュニケーションのあり方は大きく変化しました。保健事業も対面の保健指導や集合イベントが困難となり、Webを使った施策が中心になりつつあります。
健保組合そのものの業務について言えば、これまではテレワークはできないものと考えられてきました。個人情報を扱いますし、グループ会社の健保担当者からの問い合わせも絶えず来るので、事務所にいる必要があったわけです。ただ、個人情報を扱う業務を除けば、効率化できる部分は多いと認識しています。良い機会ととらえて、抜本的な業務の見直しを図っていきたいと考えています。
秋山氏:健康課題で注視しているのはメンタルヘルスです。テレワークが導入されてから、メンタルヘルスの疾患による休職者は増加傾向にあります。働き方の変化による影響なので、会社と協調しながら対策に取り組んでいかなければならないと考えています。
――最後に、企業や団体、自治体などで被保険者や生活者らの保健事業に取り組んでいる担当者へメッセージをお願いいたします。
山本氏:以前、健診項目の見直し・精査によって追加した検査を受けた被保険者の方から、「健診で病気が見つかったおかげで、手遅れになる前に手術をして治った。ありがとう」と言われたときは、保健事業の担当者冥利に尽きました。被保険者の皆さんやそのご家族の笑顔を思い浮かべながら、グループ会社の健保ご担当者の皆さんや外部事業者さんと共に創意工夫と改善の努力を積み重ね、データの分析、保健事業を継続していきたいと思っています。あと、やはり、健保組合のメンバー全員で試行錯誤を繰り返しながら、あきらめずに取り組んだことが、今につながっているのだと思います。
最後に、健康保険組合は、横のつながりで成り立っていると言っても過言ではありません。私が続けてこられたのは、同じ志を持った外部の健保組合のメンバーとの勉強会、健保連の方面会(エリアごとの集まり)の皆さんとの研修会、複数健保組合での合同プロジェクト(コンソーシアム)などへの参加を通じて、経験豊かで相談できる外部健保組合の仲間に恵まれたからです。ぜひ皆さまも、日頃から積極的に、勉強会、研修会、コンソーシアムに参加して健保組合の仲間を増やしてください。もしお悩みごとがございましたら、お声がけください。前向きに取り組んでいる健保組合の仲間をご紹介いたします。一緒にがんばっていきましょう!
津田氏:私自身、営業職から健保組合に来て初めて、「売上」のような分かりやすい数字がないことに戸惑いました。とはいえ共通する点もあって、それは顧客第一ということです。保健事業なら、被保険者の健康や喜びが第一だということです。被保険者の声を丁寧に聞いてニーズを吸い上げていくことが、よりよい成果につながると思います。
秋山氏:健保組合の仕事って、大変なんです。一人ひとりの人生、家族の人生にかかわってくることですからね。そういう風に考えると重たい話になってしまうのですが、大切なのは、硬軟交えてやっていくことじゃないでしょうか。議論するときは真剣でも、「やろう!」と決めたことをやるときは遊び心を持って、みんなに楽しんでもらう。楽しければ、心身の健康も結果的に良い方向に向かっていきます。
あとは、オープンであることも大事です。会社に対しても、外部に対しても、可能な範囲でオープンにしていく。そうすると何かしらの反応があるものですし、逆に、何かを提供していただけることもあります。そうして健保組合同士つながっていくことで、日本全体で保健事業が進んでいくと素晴らしいと思います。
※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。