健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT

健康寿命をのばそう!アワード

「第3回 健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣 優秀賞 受賞最先端の江戸川スタイル
~あなたのリスクを見える化!
健診当日に保健指導を受けてみんなスマイル!~

一般社団法人 江戸川区医師会(東京都)

「特定健診・特定保健指導」がスタートした2008年、一般社団法人 江戸川区医師会は、採血後40分で検査結果を出し、階層化を行い、健診当日に保健指導の初回面接を実施するという画期的方式を編み出し実行しました。「健診当日に保健指導を実施する」のですから、必然的に保健指導の実施率は上がります。この“最先端の江戸川スタイル”は高く評価され、2014(平成26)年開催の「第3回健康寿命をのばそう! アワード」において厚生労働大臣 優秀賞を受賞しました。保健指導対象者の利便性を重視し、保健指導の実効性を高めようと取り組んだ「健診・保健指導の同日実施」は、どのようにして可能となったのでしょうか。そして、14年の積み重ねの中で、どのような変化が表れているのでしょうか。江戸川区医師会 医療検査センターの逸見幸子さんと中村礼奈さんにお話を伺いました。

(画像・資料はすべて一般社団法人 江戸川区医師会による提供)

江戸川区医師会の保健指導スタッフの皆さん
システム担当者

――「特定健診当日に保健指導も実施する」という方針が決まるまでには、さまざまな議論があったのではないでしょうか。

逸見幸子さん(以下、逸見さん):江戸川区医師会は、2008年度以前も健診(基本健康診査)を実施していましたから、特定健診は何の問題もなく実施できると考えていました。一方、特定保健指導については、「血液検査をどうするのか」「そもそもどこでやるんだ?」など、さまざまな問題が出てきました。2008年度の健診制度の切り替わりを前に、特定健診だけを念頭に置いて考えていたこともあって、正直なところ、保健指導の実施にやや後ろ向きの意見もあったと聞いています。

 地理的なことを申し上げますと、江戸川区は南北に長く、その中で医師会の医療検査センターは南寄りのところにあります。南北に走る鉄道はなく、交通アクセスが良くありません。加えて、医療検査センターがそれほど広いわけではないこともネックでした。

 そうした諸々の条件の下でどのように特定健診・特定保健指導を実施していくのか、江戸川区と20回以上も話し合いを重ね、検討を行いました。

 その結果、「健診を受けて、その後、別の日に保健指導対象者に集まってもらうのは、実施率が下がるのではないか。健診当日に保健指導も実施することが最善策だろう」という判断に至りました。国民健康保険の場合、健康保険組合とは異なり、加入者が集まるための“決まった場所”というものがありません。ですから、健診と同日に行ったほうが保健指導の実施率も上がると思われますし、健診を受ける方々の利便性も上がるはずだと考えたようです。

 区と医師会の間で合意ができた後、「健診当日に保健指導も行う」という実施方法について厚生労働省に相談したそうです。前例のないことで厚生労働省も慎重だったと思うのですが、最終的に「当日、医師の判断が入る」という点が評価され、理解を得たそうです。

――健診当日の保健指導を実現したポイントの一つが、「採血後40分で結果判定を出す」ことだと思います。このスピーディーな結果判定は、どのようにして可能になったのでしょうか。

逸見さん:特定健診会場となる医師会医療検査センターは、ラボを併設しています。そのラボで血液検査が実施できますので、健診時の混雑した状況も想定した上で「40分で結果が出せる」と判断し、それを前提に健診から保健指導までのオペレーションの流れを構築していきました。

 ラボを併設していなければ検査を検査会社に依頼することになり、当日に検査結果を出すことはできなかったと思います。

中村礼奈さん(以下、中村さん):2007年度までの基本健康診査では、後日に健診結果を出せばよかったのです。それが特定健診に変わり、江戸川区独自に健診当日に保健指導まで実施すると決めたことで、健診のオペレーション全体を大きく変更する必要がありました。

 一日のうちに、①特定健診から、②医師が判断を下し、③保健指導までを行うためには、ラボを活用した迅速な血液検査のほかにも、メタボリックシンドロームの判定と保健指導対象者の階層化を自動化するシステムの活用が不可欠でした。

健診当日の保健指導(初回面接)の様子。

――その「保健指導対象者の自動階層化」について、詳しく教えてください。

中村さん:江戸川区医師会は、当初から、健診に対応したシステムと特定保健指導に対応したシステムを導入し、健診実施後の階層化プロセスを自動化しています。

 まず、身長・体重・血圧の計測結果と厚生労働省が定める特定健診質問票の22項目の回答を、次に40分でわかる血液検査の結果を健診システムに取り込みます。これにより、メタボ、特定保健指導の対象者、保健指導レベルの判定を、国が示した基準に従って瞬時に自動で行い、保健指導システムにデータ連携できます。階層化判定を自動化したことにより、即座に判定結果がそろった状態で医師の診察を実施することができ、その日のうちに医師の指示に基づく保健指導が実施できるようになりました。

 私たちが使っているシステムは、市販の健診・保健指導向け業務管理システムをベースに、江戸川区仕様にカスタマイズしているものです。そもそも市販のシステムは健診と保健指導を同日に行うことを前提にしていませんから、運用当初はうまく稼働しないことがあり、システムの調整・改良が必要でした。手間とコストは掛かりますが、健診と保健指導の同日実施には欠かせないシステムであり、10年以上にわたってカスタマイズしてきましたから、今はほとんど問題なく運用しています。

――江戸川区医師会は、健診当日、受診者全員に個別に印刷した“情報提供冊子”を渡していると聞きました。この冊子は、どのように作成していらっしゃるのですか。

中村さん:情報提供冊子『きょうの健康診査結果』は、その日の健診結果のデータと、健診結果に基づく健康づくりの具体的なアドバイスを載せた全12ページの冊子です。受診した方全員に、お帰りになる際にお渡ししています。

 性別・年齢に加え、血糖・血圧・脂質・肝機能といった個別のリスク状況に応じた健康づくりに関するアドバイスをあらかじめ最大224パターン用意しておき、健診が終わった時点で、先ほどお話しした健診・保健指導のシステムに取り込まれたデータと健康づくりのアドバイスが自動的にマッチングされ、カスタムメイドの冊子ができあがるという仕組みになっています。個別の健診結果は、単に数値を記載するのではなく、同性・同年代の人と比較した自分の検査値の位置付けが項目ごとにわかるようにしています。また、アドバイスの内容は、毎年、工夫しながら改訂しています。

 すべてシステムで行いますので、健診当日の現場で冊子の作成のために人手を割く必要はありません。当初は外部のASPを利用して冊子を作成していましたが、数年前から内製化しています。

 システムの維持・管理、コンテンツの更新も手間が掛かりますが、冊子作成が自動化されているからこそ、健診当日、受診者全員に冊子を渡すことができますし、内容も通り一遍のものではなく、その人その人に合った具体的で説得力のあるものが作れています。

検査結果と一人ひとりに合わせたコラムを載せた冊子『今日の健康診査結果』を健診当日に配布(画像はサンプル版)。

――情報提供冊子『きょうの健康診査結果』の評判はいかがですか。

中村さん:健診結果も改善すべき点も分かりやすいということで、とても好評です。特に、初めて冊子を受け取られた方は、自分の健診結果が印刷され、一人ひとり違った内容になっているので、喜んだり、感動してくださいます。健診に来られたご夫婦が、それぞれ違う内容の冊子を受け取って、お互いに見せ合いながら何か話をしていることもあります。やはり、自分のために作られたものだと思うと、真剣に受けとめてくれます。

――特定健診・保健指導を行うに当たってほかに工夫していることはありますか。

中村さん:国保加入者は、職業も生活時間もバラバラです。一人でも多くの人に健診・保健指導を受けてもらうには、受診機会を増やし、受診しやすくすることがとても重要です。江戸川区医師会のリソースをフルに活用し、医療検査センターで実施する40歳から64歳の区民の方々を対象とする健診・保健指導を、平日夜間に月2回、日曜日に月1回、毎週土曜日は午前も午後も、実施しています。初回の保健指導は健診当日に行いますが、健診当日に行えない方には、その場で面接の予約をしていただくことにしています。

 また、65歳から74歳までの方の健診体制も充実していて、現在、区内200カ所以上の指定医療機関で実施しています。

 この結果、江戸川区は、東京23区の中でもトップレベルの特定健診の受診率、保健指導の実施率を、2008年度からずっと維持しています。

江戸川区における保健指導対象者数・利用率・終了率の推移

――「特定健診と保健指導の同日実施」の取組は、その後、対象を拡大しています。その経緯について、お聞かせください。

中村さん:2011年度から、40歳未満の区民の方々を対象にした「区民健診」と「保健指導」を実施してきました。

 江戸川区は、生活習慣病の被保険者1人当たり医療費が東京23区の平均に比べて高く、特に、糖尿病、慢性腎不全(透析あり)、高血圧症が問題になっています。区民健診の結果、「受診勧奨」となっても保健指導を受ける人が少なく、40歳になって特定健診を受診した時点ですでに「保健指導」の段階を過ぎ、「すぐに治療を受けてください」という状態の人が目に見えて増えているという状況でした。

 区も40歳未満の人たちを対象にした保健指導の重要性を認識し、健診と保健指導の同日実施の対象を広げながら、どのような層を対象とするのが効果的なのかを模索しているところです。若い人たちにも健康に対する意識を持ってもらうという意味で、対象者の拡大は一定の効果があると考えています。

――江戸川区の特定健診・保健指導の受診状況は、どうなっているのでしょうか。

逸見さん:2008年度に始まって以来ずっと、特定健診・保健指導の実施率は、両方とも東京都内トップレベルの水準で推移し、しかも斬増傾向にあります。特に、健診当日に実施していることで、保健指導の実施率は極めて高くなっています。また、初回の保健指導の実施率が高いことで、全体として対象者の健康に対する意識を高めることができていると捉えています。その結果、保健指導対象者の利用率・終了率は、積極的支援・動機付け支援共に高くなっています。

 一方、メタボリックシンドローム該当者・予備群の出現率に顕著な変化は見られていないことは課題ですが、江戸川区は、2016年度から「重症化予防事業」を開始し、非肥満で高血糖または高血圧の方に受診勧奨を行っています。個別面談を実施し、適切な医療機関受診につなげていますが、こちらの受診率も高い水準になっています。

 区民の健康状況の改善は、特定健診だけで実現できるものではなく、さまざまな施策・支援を組み合わせて取り組んでいくことが重要だと考えています。

江戸川区における重症化予防(DM・HT) 受診結果の推移

――“江戸川スタイル”で特定健診・特定保健指導が始まってから14年が経ちますが、区民や関係者の健康に対する意識などに変化はありますか。

逸見さん:各種の受診率、実施率のデータを見ると、区民の皆さんの間に生活習慣病予防に対する高い意識が根付いてきているのではないかと捉えています。「変化」という意味では、健診・保健指導を受ける側だけでなく、実施する側の意識も大きく変わったと思います。

 特定健診が始まったとき、医師の先生方の中には「薬を処方しておけば、それで良いんじゃないか」とか、「要するに痩せれば良いんだろう」といった、保健指導にあまり重きを置かない先生もいらっしゃったと聞いています。ところが、特定健診・保健指導の実績と健康の改善状況がデータで確認されたことで先生方の意識が変わり、保健指導に対して協力的になってくださいました。

 65歳以上の方は特定健診を医療機関で受けます。その医療機関で健診・診察に当たる医師の先生方が、保健指導の大切さを認識した上で対象者を保健指導につなげてくださることは、とても大きな意味を持ちます。特定健診を起点にして保健指導に粘り強く取り組んできて、対象者の方の意識も少しずつ変わってきたこともうれしく思いますが、対象者の方の生活習慣改善、健康づくりに共に向き合う医師の先生方が同じ気持ちを持って取り組んでくださることも、とてもうれしく感じています。

――江戸川区は、国民健康保険における目標値として「2023年度(令和5年度)に特定健診実施率60%以上、特定保健指導実施率60%以上」を掲げています。この目標達成に向けて、今後、どういった取組が重要になってくるとお考えでしょうか。

逸見さん:健康に対する生活者の意識を変えていくことの難しさは、常日頃から実感しています。特定保健指導が対象者の意識を変え効果を出すまでには、長期で見ていく必要があります。

 それと同じで、特定健診・特定保健指導の実施率を上げていくことも、長い時間をかけて取り組んでいかなければならないテーマです。結局のところ、区民の皆さん一人ひとりの健康に対する意識が向上しなければ、健診や保健指導に足を運ぶ人は増えないと思います。

 厚生労働省は具体的な目標数値を挙げるように指導していて、それぞれの目標に向かって各健保組合も、協会けんぽも、皆同じように取り組んでいると思います。しかし、長い時間の継続的な取組の中でしか変わりようがない部分も、たくさんあります。じわじわと年月をかけてやっていこうという姿勢と粘り強さが必要だと思います。

 その意味で、毎年毎年、少しずつでも良いから健康に対する意識を変えてもらう、一つずつでも良いから健康づくりに向けた行動を起こしてもらう働きかけを、地道に積み重ねていくしかありません。実施者として、決してあきらめてはいけないのだと思っています。

中村さん:実施率だけが改善しても、もっと大事な健診結果の数値であるとか、区民の健康課題を表す指標などが改善しなければ意味がありません。区民の健康課題の改善という観点では、“一人も取りこぼすことなく”対象者の支援を継続していくことが一番大事なのではないかと考えています。

 幸い、私たち江戸川区医師会にはさまざまな職種のスペシャリストがおり、スタッフの数もそろっているので、異なる視点に立った、対象者への多様な支援が可能だと思っています。そのポテンシャルを生かして、保健指導案件の一件一件、保健指導対象者のお一人おひとりを大事にし、しつこく、粘り強く支援を続けることで「実施率60%」に近づけていくしかないと考えています。

※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。