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近年、なぜ睡眠の「質」が重要視されているのでしょうか?
千葉:睡眠不足が仕事の効率を下げ、ミスなどの原因につながるという認識が、ビジネスの現場で浸透してきました。一方、現代人が長い睡眠時間を確保することはなかなか困難です。そこで、「量」ではなく「質」を重視しようというのが、ここ数年の潮流になっているのではないでしょうか。
西野:医学の世界でも睡眠が重要視されるようになっています。1950年頃まで、睡眠は「疲労や眠気を解消するためのもの」という認識がスタンダードでした。しかし最近では、記憶の定着、ホルモンバランスや自律神経の調整、免疫力の向上、脳の老廃物の除去など、起きているときにはできない、さまざまな重要な役割を果たしていることが明らかになっています。睡眠の質の低下が、生活習慣病などの疾患リスクを高めることも分かってきました。
千葉:子どもの発育への影響も注目されています。睡眠には、浅い「レム睡眠」と深い「ノンレム睡眠」の2種類があり、入眠後のノンレム睡眠にでてくる深い睡眠の間に、成長ホルモンの分泌が高まります。重症の睡眠時無呼吸の子どもには身長、体重などの増加が遅れている場合があり、その子たちの睡眠状態を調べると、深い睡眠の量と成長ホルモンの分泌量が低下していることがあり、治療によって正常レベルに戻すことで、身体の成長が改善するケースも多く見られます。
西野:ヒトでの12歳頃までの睡眠は、神経科学の観点からも特に重要です。ヒトやイヌ、ネコなど、出生段階で脳が未発達な動物は、生まれた直後はレム睡眠が多く、また、とても長く眠ります。ヒトの場合、12歳頃に大人の睡眠のパターンに近くなり、大人と同程度に発達した脳ができあがります。一方、モルモットなど、生まれた時から発達した脳を持つ動物は、成長を通じて睡眠時間が変わることはありません。こうしたことから、睡眠は幼少期の脳の成長にも大きく影響していると考えられています。
社会やライフスタイルの変化は、日本人の睡眠にどのように影響を与えているのでしょうか。
西野:日本人の睡眠時間が世界一短いことは、どの統計を見ても明らかです。 NHK放送文化研究所が定期的に行っている「国民生活時間調査」によると、1960年代に8時間13分であった睡眠時間は、就寝時間が遅くなったことが主因で、2015年に7時間15分まで減少しています。この大幅な変化には、近年のライフスタイルにおけるあらゆる要素が影響しているといえます。
例えば、新型コロナウイルスの影響でリモートワークが普及しましたが、在宅勤務に切り替えた人の睡眠時間が長くなったという報告がありました。また、日本では都会に住む人の睡眠時間が特に短いというデータがあります。これらのことを加味すると、通勤時間も睡眠時間に影響があるといえるのではないでしょうか。
千葉:生活が夜型になっていることも無視できません。日本人の就寝時刻の平均は、1940年代が22時50分、1970年は0時、2000年には深夜1時と、どんどん遅くなっています。さらに、近年は早く起きる人も増えているので、睡眠時間はますます短くなっているわけです。大人のライフスタイルの変化は子どもにも影響を与えるので、大人の睡眠時間が短くなったことで、子どもの睡眠時間も短くなっていると考えられます。
寝不足で集中力が続かないという経験は多くの方にあると思います。
仕事や学習などのパフォーマンスと睡眠にはどのような関係があるのでしょうか。
千葉:異なる睡眠時間による、ヒトの反応速度への影響をコンピュータで計測する実験がありますが、4時間以下の参加者は、ミスが増加するなどパフォーマンスの低下が顕著です。この結果は当然ですが、注目すべき点は、睡眠時間が6時間であってもミスが増えることです。6時間睡眠の参加者の場合、睡眠が不足しているという自覚はありません。つまり、気付かぬうちにパフォーマンスが下がっているわけです。日本社会には、こうした人が多いのかもしれません。
西野:自覚がないままパフォーマンスが低下するという点は、飲酒と似ていますね。アメリカのニュージャージー州では、30時間寝ていなかったドライバーが大学生を死亡させる交通事故を起こしました。同州ではこの事故がきっかけとなり、睡眠不足での運転が刑事罰として法律で規制されるようになりました。
千葉:直接的な関係だけではありません。睡眠不足は、メンタルヘルス不調の原因にもなります。心身の健康が悪化することで、生活のさまざまな場面で悪影響を及ぼすでしょう。
西野:アメリカの企業では、健康状態の悪化による職場でのパフォーマンスの低下、いわゆる「プレゼンティズム」が課題となっています。その原因が睡眠不足であるという報告が多数ありました。同じような課題が、今後日本でも顕在化していくのではないでしょうか。
従業員や職員が質の良い睡眠をとるために、企業や団体はどのようなことができるのでしょうか。
西野:まず大切なのは啓発です。睡眠の質の低下が仕事のパフォーマンスを下げ、さまざまな病気につながることを、経営者も含め、多くの人が知る必要があります。「自分自身と会社のために睡眠の質を高めることが、生産性の向上につながる」という考えを広めていかなければなりません。
千葉:労働時間の管理も重要です。以前、アメリカで、研修医の睡眠時間と医療ミスの因果関係について調査が行われたことがあります。その結果、睡眠時間が5時間以下の日が週5日ある研修医は、医療ミスが増加しやすいという傾向が判明し、病院の勤務ルールが改正されました。日本でも国の通達により、病院の長時間勤務を是正する取り組みが行われています。
西野:上司が部下を管理するという観点は非常に重要です。健康志向が強いアメリカの職場では、上司が部下の健康管理を徹底して行います。日本には、長時間勤務を仕方ないとする風潮がいまだに残っていますが、こうした考えを払拭することから始めなければなりません。
千葉:仮眠を有効に活用することも方法の一つです。勤務時間中の昼寝は、日本でも徐々に広まっていますが、今後ますます普及していくでしょう。ただし、睡眠が担うメンテナンス機能のほとんどはメインの睡眠時によるものなので、メインの睡眠の質が高いことが前提です。
西野:企業の睡眠対策では、職種・業種ごとに事情が異なることを念頭に置かなければなりません。例えば、人命にも関わるバスやタクシーなどの運転手や建設現場の作業者は、睡眠時間が少ないというデータがありますが、こうした調査があらゆる業界に広がれば、職種・業種ごとに対策をとることができます。また、睡眠の質を可視化するなどの取り組みも進んでおり、良質な睡眠の指標となるデータも増えてきました。日本における睡眠対策はITなども活用し、前進していくでしょう。
私たち現代人は、どのように睡眠の質を高めれば良いのでしょうか。
千葉:良質な睡眠は、待っているだけでは得られません。積極的に工夫する必要があります。まずは規則正しい生活を心がけ、一定の睡眠時間を確保する。その上で重要になるのが光です。日中、太陽の光を浴び、夜はできるだけ光を避ける。スマートフォンやテレビは良い睡眠の妨げになるので、注意が必要です。
西野:体温も重要です。人間の体温は、日中に上がり、夜間に下がります。体温が高い時に活動のパフォーマンスが向上し、低くなることで睡眠の質が高まります。特に入浴の習慣のある日本人には、就寝90分前の入浴は効果的です。入浴で体温を一時的に上げ、風呂あがりに下げることで、入眠がスムーズになります。
睡眠に至るプロセスは朝から始まっています。朝食をとって1日のリズムをリセットする、午前中に日光を浴びる、カフェインの摂取は夕方までにする、日が沈んだらできるだけ脳を使わずにボーッとするなど、1日の活動のタイミングを調整し、メリハリをつけることが良質な睡眠につながります。
千葉:質の高い睡眠状態を知るためには、「睡眠日誌」をつけることも有効です。就寝時刻と起床時刻、寝起きの気分、日中のパフォーマンスを日々記録することで、自分の睡眠と体調の関係を把握することができます。
西野:適切な睡眠時間は人それぞれなので、自分の適性を知ることは重要です。平日と休日を比較し、休日の方が1時間半以上長く寝ている人は、慢性的な睡眠不足かもしれません。この時間差が短くなるように平日の睡眠を調整してみてください。縮まった時の睡眠時間が自分にとって適切だと考えることができます。

西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長。医師、医学博士、日本睡眠学会専門医。米国睡眠学会誌、「SLEEP」編集委員、日本睡眠学会誌、「Biological Rhythm and Sleep」編集委員。
1955年大阪府生まれ。1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。
1999年にイヌの家族性ナルコレプシーにおける原因遺伝子を発見し、翌2000年にはグループの中心としてヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。
2005年にSCNLの所長に就任。睡眠・覚醒のメカニズムを、分子・遺伝子レベルから個体レベルまでの幅広い視野で研究している。
2017年に出版した啓発本、「スタンフォード式 最高の睡眠」が30万部を超えるベストセラーとなり、書籍で取り上げた「睡眠負債」が流行語大賞トップ10に選出された。

千葉伸太郎
東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座客員教授、太田総合病院記念研究所太田睡眠科学センター所長、日本睡眠学会理事(事務局長)、Sleep Surgery研究会代表世話人。日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本睡眠学会専門医。
1961年岩手県生まれ。1988年に東京慈恵会医科大学卒業し、翌年、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室に入局。2009年、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室講師を経て、2010年にスタンフォード大学医学部睡眠生体リズム研究所(SCNL)客員講師、2013年には太田総合病院記念研究所太田睡眠科学センター所長に就任。2014年、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座准教授を経て、2018年より東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座客員教授を務める。


「健康づくりのための睡眠指針」のご紹介
厚生労働省では、科学的な知見に基づく「睡眠12箇条」を盛り込んだ
「健康づくりのための睡眠指針2014」を策定しています。
睡眠に関する正しい知識が身につき、
睡眠環境の見直しにも役立つ内容です。ぜひご活用ください。