健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT

健康寿命をのばそう!アワード

第3回アワード
厚生労働大臣 企業部門 優秀賞受賞
『Workcise(ワークサイズ)』働きながらオフィスで健康増進

株式会社イトーキ

『Workcise(ワークサイズ)』働きながらオフィスで健康増進
右から 株式会社イトーキ 代表取締役社長 平井嘉朗氏
厚生労働省 健康局 健康課 課長 正林督章氏 / 営業本部 ソリューション開発統括部 R&D戦略企画部 Ud&Eco研究開発部 高原良氏

※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。

(厚生労働省 健康局 健康課 課長 正林督章 以下 正林)
まずは取り組みを始めるに至ったきっかけ、経緯などをご説明いただけますか?

(株式会社イトーキ ソリューション開発統括部 Ud&Eco開発チーム 高原良氏 以下 高原氏)

「Your chair is your enemy.(あなたの椅子はあなたの敵だ)」偶然目に触れた2010年のニューヨークタイムズにこのタイトルの記事が掲載されていました。ある海外の疫学調査が紹介されており、「日常的に運動習慣を心がけている人でも1日の中で座っている時間が長い人は生活習慣病などになりやすく、座っている時間を減らさなければいけない」という記事でした。

私たちオフィス業界はこれまで、できる限り長く座り続けられる快適な椅子を作ってきました。腰痛や肩こりなどの予防・改善には貢献してきましたが、少し広い視野で働く人の健康を捉えると、もしかすると健康を害していた要素もあるのではないかと、課題意識を持つようになりました。

また、同じ時期に国立健康・栄養研究所の宮地元彦先生に出会えたことも大きなきっかけでした。宮地先生は、日本人の歩数減少の一要因として、交通手段やITツールの発達が日常的な生活活動の減少を招いていると指摘されています。講演で先生のお話を伺い、オフィスも就業世代が多くの時間を過ごす生活の場と見れば、健康の視点から働き方を捉え直すことは、国民の健康増進という社会的課題の解決に向けた一助になるのではないかと新たな可能性を感じました。その当時、研究部門に所属していた上司と私で、研究論文や事例を調査したり、宮地先生に直接お話を伺いに行くなど、まずは情報収集から取り組みが始まりました。

(正林)その時はまだチーム化には至らず、ボトムアップの段階だったのでしょうか?

(高原氏)

取り組みは、研究部門が抱えるテーマの一つという位置づけでスタートしました。課題意識を共有するメンバーが自発的に設定したテーマとして始まりましたが、活動することに社内では反対もされませんでしたが、あまり期待もされていないという印象でした。

全社的な取り組み展開は、2012年11月、新たな拠点として「イトーキ東京イノベーションセンターSYNQA(シンカ)」の開設にあわせて始まりました。SYNQAは新しい働き方を模索する施設として、私たち社員自身が様々なトライアルを行う場として開設されました。この施設のコンセプトを検討するにあたり、いくつかキーワードがあり、“健康”もその一つに挙がっていました。ただし当初は、具体的な対策をイメージできていた訳ではなかったので、社内でワークショップを開催することにしました。私たち研究部門だけでなく、営業や業務アシスタント、企画、開発、人事や健康管理室など、様々な部門の方に参加を募り、宮地先生にも必要な知識をレクチャーしてもらいながら、私たちに何ができるのかを皆で考える機会を持ったわけです。2日間にわたるワークショップの1日目は愚痴のような内容も含めて、今、課題と思っていることを徹底的に洗い出しました。お互いの意見を重ねながら、膨らませていくと最終的には300個以上に及ぶ課題が出てきましたね。2日目には、その課題を解決する具体的方策を考えたのですが、これも100個以上の解決アイデアが参加メンバーから出てきました。ワークショップ後に、それらアイデアを改めて事務局側で厳選し、それをSYNQAに実装する形でいよいよ社内で『Workcise』の実践が始まりました。

このような多部門横断型の活動は後に振り返ると社内浸透する上で非常に重要なトリガーでしたが、それを実現するには各部門の管理者の協力や理解も不可欠でした。調整の過程で各部署に説明に伺い、参加者を選任していただきました。研究部門から始まった課題意識が、緩やかに社内に広がり、ワークショップでのアイデアに結びつきました。アイデアが具体化されたことで、2012年11月SYNQAの開設時には、会社としての健康経営をテーマの一つと捉え、お客様への提供も見据えていましたが、まずは自社社員の健康づくりの活動として、展開していくことが決まりました。

(正林)経営層や他部署に対してプレゼンをするのは、かなり大変ではないかと思うのですが、苦労したところなどがあれば伺えますか?

(高原氏)

正直、社内で目的意識を共有し、一体感を出していくことには非常に苦労しました。今もまだまだ継続中ですが。第一声から前向きに活動を支援してくれる部門がある一方で、本当にそんなことができるのか、健康経営の取り組みはそれほど重要なのかと問題提起されることも少なくありませんでした。そのような声とも丁寧にコミュニケーションを重ねながら、なんとかSYNQAでの取り組みが動き出しましたが、それでも一つの視点としてチャレンジしたらいいのではないかという程度で、その時点でも期待値が高かった訳ではありません。SYNQAという新しい取り組みにチャレンジする場所が提供され、社内でもいろいろなことに挑戦していこうという機運が高まり、そのタイミングにうまく乗れたという感じです。

(正林)平井社長は、当時はどのようなお立場で、そして、初めてWorkciseのプロジェクト話を聞いたときは、どのように思われましたか?

(株式会社イトーキ 代表取締役社長 平井嘉朗氏 以下 平井氏)

SYNQAが開設した当時の私は、営業戦略統括部長という営業本部内の企画スタッフとしての役割を担っていましたが、実はその直前の3年間は人事部長を務めており、健康という課題には既に取り組んでおりました。

当時はまだ世の中全体が、企業における健康というと、例えば健康診断の受診率を100パーセントにするとか、あるいはメンタル不調になった方々が仮にいらっしゃったとしても、上司と本人のコミュニケーションを確認するくらいで、健康管理は基本的に個人の問題として認識されることが多かったように思います。そのような状況ですから初めてこの『Workcise』の話を聞いたときも、社会的に大きく注目されるような感覚はありませんでした。

(正林)始められた当初はそういう感じでスタートされて、現在は社内においてWorkciseはどの程度浸透されているのでしょうか?

(平井氏)

おかげさまで2014年11月にスマート・ライフ・プロジェクト「第3回健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働大臣優秀賞を頂戴したことが、1つのトリガーになったと思います。受賞以来、社外からの注目度が上がり、メディアの取材を受けたり、『Workcise』の取り組みが記事となって社会へ発信される機会も大幅に増えました。その年の企業部門の中で最も優れた取り組みとして表彰していただいたことは、社員の自覚と行動を大きく変えたように思います。現在では、お客様へのオフィスづくりのご提案にも、健康というキーワードを積極的に取り入れるようになりました。また、立って仕事をすることを促す上下昇降デスクなど、そのような新しい取り組みも自分たちで実践しようという気運も高まってきています。そういう意味では、経営層から一般社員に至るまで、健康経営、特にそのなかでもイトーキのブランド『Workcise』は、かなり加速度的に浸透してきていると思います。」

(正林)高原さんにお伺いしますが、社内で検証を重ねてきたものを商品として販売されているとのことですが、商品化するまでの良し悪しの判断基準や、実際の商品についてお伺いできますか?

(高原氏)

ワークショップで社員から出たアイデアは、例を挙げると、社員が歩幅を広げて歩くように通路に推奨歩幅の目安を刻む、活動量を上げるために立って仕事ができる場所を設ける、さらにはオフィス内を積極的に歩きたくなるような動線を設計するなどのアイデアがありました。このような仕掛けをオフィスに散りばめて取り組みを開始しました。

良し悪しの判断をする最初のフェーズは、利用状況を確認することです。SYNQAで働いていると、日常的に使われているものと使われていないものは実感します。社員同士の「あれは使うよね、使わないよね」といった会話をキャッチアップして、利用状況が悪いものは改善したり場合によっては除いたり、よく使われているものはより使いやすくなるように検討を重ねています。

実は、このSYNQAは毎年少しずつリニューアルしており、社員の利用状況をみながら改善を継続的に施しています。いくら健康に良くても、社員が自発的に利用しなければ効果がないので、社員が楽しく、進んで実践したくなる仕掛けになっているかを確認し、それをクリアできれば、継続的に利用することで心身の健康状態にどのような影響を及ぼすかを検証しています。この過程で、ブラッシュアップされたアイデアはきっと同じ悩みを抱える企業様にとっても有効なソリューションになるのではないかと思い、知見は開発部門や空間デザイナーなどと共有し、2014年からはお客様にも『Workcise』を促す空間プランや製品の提供を始めました。

(正林)健康というテーマで取り組んだ場合、単発的な活動で終わってしまうことが多いように思いますが、御社が継続して取り組むことができているのは、どういった点が影響しているのでしょうか。

(高原氏)

PDCAを回し続けることは、健康づくりで投資効果を産み出すため、最も重要な視点だと思います。良い環境をつくり、社員の意識を変え、そして働き方が変革していくというプロセスは、一朝一夕には実現しません。私自身、今は社内だけでなくお客様の健康経営の取り組みもお手伝いさせていただくようになって、健康経営を中長期的な時間軸で捉えるようになりました。その時々の課題を地道に解決しながら、徐々にゴールに向かって成長していくというイメージを共有するため、社内では「イトーキ健康白書」というものを発刊しています。

これはイトーキ、イトーキ健康保険組合、イトーキ労働組合の三者が合同で行うデータヘルスの取り組みの一環として、レセプトや健康診断、アンケートなどのデータ分析結果を全社員が共有できるよう、毎年冊子にまとめて配布をしている社内広報誌です。部門や地域の特徴、また数値の年度推移なども掲載していますので、今イトーキが抱える課題は何か、何をすべきかを自分ゴト化して、全社で意識統一することを目指しています。このようなKPIを全社員で共有することは、活動を継続していく上で非常に有効な手段だと思っています。

(正林)それでは、平井社長にお伺いしたいのですが、Workciseを実施したことによって、さまざまな成果が得られたと思いますが、経営者のお立場で、この取り組みを推進する意義はどんなところにあるとお考えでしょうか?

(平井氏)

企業での健康は、個人、せいぜいチームの問題というように長く捉えられてきましたが、最近は健康経営への注目の高まりをはっきりと感じています。決して大げさな表現ではなく、重要な経営資源である社員の健康づくりは、まさに社会的課題であり経営的課題です。

健康だからこそ、私たちの生産性はアップしパフォーマンスが発揮できて、働きがいや幸福感を感じられるのではないでしょうか。それは企業としての医療費適正化にも反映され、CSRの充実や企業価値の向上へ結びつくと思うのです。また社会の一員としての視点では、社会全体の負担金の軽減、日本の社会課題への貢献にもつながる。まさしく健康は、日本だけでなく世界中の課題として取り組むべき大きなテーマと捉えています。

私たちは一日の1/3の時間を仕事に費やし、その生活は40年間続きます。人生の中で仕事に費やす時間というのは相当なボリュームを占めるからこそ、イトーキは、社会的課題を解決するという「志」のもと、『Workcise』を通じて健康づくりの視点から新しい働き方をご提案しています。まだまだビジネスとしての伸びしろは大きく、ポテンシャルを秘めていると思っています。

この活動を拡大していくことが、結果的には社会貢献に結びつきますので、ぜひこれまで以上に取り組みを強化していきたいと思っています。

なるほど。この取り組みを推進してきて良かった点とか、それから何か会社としての変化か何か、具体的なもの何かありますか?

(平井氏)

まず社内への効果ですが、社員が活き活きと高い生産性を発揮して働くことに繋がっているのはもちろんのこと、最近では様々なメディアでこの『Workcise』が露出される機会が増えましたので、新卒採用のときにもイトーキが健康経営に取り組んでいる会社だということに魅力を感じて、志望される学生さんも増えていると感じています。

また、ビジネスの面で言いますと、お客様へのご提案に健康経営を取り込みはじめたことで、単にオフィス家具だけではなく、課題解決に対するソリューションを持っている企業と認識いただくお客様が増えてきております。今までの事業活動の枠を越えて色々なご相談をお受けするようになったというのは、明らかです。

(正林)最後に、今後の社員に向けた健康増進の取り組みと、それからサービスとしての健康を軸にしたソリューションの展開について、それぞれ可能な範囲でお話しいただけますでしょうか?

(平井氏)

自身の働き方の改革から得た知見を、そのまま良いところも悪いところも含めてお客様にご提供し、ご提案につなげることができる企業は、実はそう多くない気がします。自社での取り組みを、世の中の課題解決につなげていくことは、私たちの使命だと感じています。

これまで働き方がその人の健康状態と関係が深いことは、感覚的には理解されていましたが、昨年は一般のオフィスワーカーを対象に働き方や健康状態に関する大規模な研究調査を実施するなど、この関係性もかなり定量的に表現できるようになってきました。蓄積されてきた経験やノウハウ、そして調査データを活用しながら、お客様に取り入れたいと思っていただけるソリューションに成長させたいと思います。

お客様にご提供できる具体的なサービスも更に幅を広げています。最近では、『Workcise』のスマートフォンアプリをリリースしました。これは座る、立つ、歩く、といった行動をスマートフォンが感知し、活動ログとしてデータ化し、ユーザーの動機付けを促すツールです。こういった従来の事業領域にとらわれない製品やサービスにも開発を拡げながら、より強力なソリューションへと進化させたいと思います。

また、先ほど少し「志」の話をしましたが、自社だけの力ではやはり課題解決に貢献できる範囲は限られます。これからは目的意識を共有する様々な業種の方と一緒になって、自分たちの技術や経験を足し合わせながら、社会的な課題を解決するための新しい価値を生み出していきたいとも思っています。日常の働き方に『Workcise』を取り入れることで、日々の行動の積み重ねによる健康づくりへの意識を促し、日本中のワーカーが活き活きと働く社会づくりに貢献していきたいと考えています。

(正林)

なるほど。厚生労働省も2000年から健康日本21という、国民の健康づくり運動を展開してきていて、基本的なポリシーとしてはまず環境づくりですね。お一人お一人の健康を自分で頑張っていただくのはもちろんなのですが、周りの人がそれを支えていくような、そういう雰囲気をつくっていくっていうことが1点と、特にそれまでの健康づくりというのはだいたい行政主導で行っていることが多かったんですが、多様な実施主体が関わるというのも大きな柱の1つです。多様な実施主体にはもちろん民間企業、それから各種団体ですね。そういうところが関わってくるというのが、健康日本21のもともとの大きな狙いなんです。特に企業に最も期待したいのは、2つの側面があると思うんですけれど、もちろん世の中の人が健康になるような、そういうグッズを開発するとか、あるいはそういう食事を提供するとか、そういう側面を持った企業と、それから何といっても多くの国民はやっぱり企業で働いていますので、自分のところの社員を健康にしていただくという、そういう側面と両方あると思うんです。この両方を達成していただくためにも、企業にはぜひスマート・ライフ・プロジェクトに参加していただいて、結果的に日本国民全体が健康になればいいと思っています。今回のイトーキさんの取組というのは、まさにスタートはそういう商品の開発だと思うのですが、最初の取組で自社の社員にまず試みてみて、いろいろデータを集めて、それがよければ商品にというかたちで進められていて、まさに健康日本21が狙っているものそのものだなというふうに、私は感じました。今日はお忙しい中お時間いただき、本当にありがとうございました。

(平井氏)こちらこそ、ありがとうございました。

(高原氏)ありがとうございました。