健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT

健康寿命をのばそう!アワード

「第2回 健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣 優秀賞 受賞データヘルスを活用し進化・拡大する保健事業

呉市糖尿病性腎症等重症化予防事業/はじめよう! 減塩生活
呉市(広島県)

がんや心疾患、脳血管疾患による死亡率が全国平均より高いという市民の健康課題の解決に向けて、
糖尿病性腎症等重症化予防事業と減塩推進事業を立ち上げた広島県呉市。
2013(平成25)年開催の「第2回健康寿命をのばそう! アワード」において厚生労働大臣 優秀賞を受賞しました。
この事業の現在の取組について、呉市 福祉保健課 健康政策グループの要田弥生さん、
同 地域保健課(保健所)の小山有子さん・藤井真由美さんにお話を伺いました。

(画像・資料はすべて呉市による提供)

呉市 福祉保健課 健康政策グループのみなさん
呉市 地域保健課のみなさん

――呉市では2010年に「糖尿病性腎症等予防事業」、2013年に「はじめよう! 減塩生活」をそれぞれスタートさせるなど、生活習慣病予防や健康寿命の延伸などに積極的に取り組んできました。その歩みを改めて振り返ってください。

要田弥生さん(以下、要田さん):「糖尿病性腎症等予防事業」は、2010年に広島大学との共同研究という形で始まりました。発端となったのは2008年に行ったレセプトのデータベース化で、その分析から見えてきた課題が、1人当たり年間約400万円にもなる人工透析の医療費の大きさでした。糖尿病性腎症が重症化して人工透析になると、当然のことながらQOL(Quality of Lifeの略称で「生活の質」「人生の質」などの意)が低下します。

生活習慣病にかかる医療費の中で、飛びぬけて高額なのが人工透析で年間約400万円。2016年度に呉市国民健康保険の被保険者で人工透析を受けた人は約100人のため、約4億円にのぼる。

 予防事業は、糖尿病性腎症患者のQOLを守るとともに、医療費の適正化を図るために始めたわけです。人工透析の医療費が大きいことは感覚ではわかっていましたが、その裏付けをデータ、数字で示すことができ、予防事業の必要性などを明確に説明できるようになりました。

 予防事業は、2011年からは国民健康保険の事業として、糖尿病性腎症のステージの第3期Bと第4期にあたる「顕性腎症後期」と「腎不全期」の患者さんに予防プログラムを用意しています。6カ月間の予防プログラムでは、看護師による面接と電話での指導や、「腎臓にやさしい料理教室」などを実施。対象者は食事と運動に関する行動目標を設定して、実践することが求められる一方で、プログラム修了後も、研修や情報提供などを受けることができます。

糖尿病性腎症の重要化予防事業の対象者は、当初のステージ第3期Bと第4期の人から、ステージ第1期と第2期、さらに、HbA1cの有所見者で医療機関未受診者等に拡大。ポピュレーションアプローチ、生活習慣病放置者フォロー事業も実施するなど、より多くの人をカバーする事業に発展している。

小山有子さん(以下、小山さん):「はじめよう! 減塩生活」は、二つのきっかけから2013年にスタートしました。一つは同年度に策定した「第2次健康くれ21」計画の中で、減塩を取り上げたことです。2012年の人口動態統計によると、人口10万人あたりの心疾患や脳血管疾患などの死者数が、呉市は国や県の平均に比べて多いことから、減塩により生活習慣病を予防し、健康づくりを始めようということが、この計画に盛り込まれました。もう一つは、2012年に行われた「減塩サミット」です。このイベントは、日本高血圧学会の減塩委員会に属する呉市の医師2名が中心となって開催したものです。呉市民が減塩を身近に感じる契機となり、減塩に取り組む気運も生まれて、事業を後押しすることになりました。

2012年5月26~27日に開催された「減塩サミットin呉」のポスターとイベントの様子。

「はじめよう! 減塩生活」の取組は、大きく3つの柱で構成しています。ポピュレーション・アプローチである「減塩いいね!キャンペーン」、重症化予防プログラムの「カラダよろこぶ!減塩プログラム」、教育委員会や学校と連携して行う「減塩でおいしい!食育」の3つです。キャンペーンは、減塩の必要性を知ってもらうことが目的で、まず行ったのが「減塩生活」のユニフォームづくりです。担当者が自費でつくった青いTシャツを自ら着用し、「歩く広報」になりました。

藤井真由美さん(以下、藤井さん):呉市の特定健診では、尿検査で塩分の摂取量がわかるので、検査結果から塩分の摂取が多く、血圧も高い生活習慣病のリスクの高い人を抽出して、減塩に特化した教室を受けてもらうようにしています。食塩の摂取量を検査によって「見える化」すると、対象者の理解や納得を得やすいので、非常に大切だと考えています。

小山さん:減塩は食習慣に左右されるので、子ども時代から取り組むことが重要で、小中学生の子どもがいる世代への働きかけが必要です。しかし、保健所は子育て世代との接点が少なく、食育を保健所だけで行うことができませんでしたが、教育委員会や学校の協力を得て、先生や栄養士の皆さんと緊密に連携しながら減塩教育を進めています。

小学校における減塩教育の様子

――連携が重要なポイントとのことですが、具体的にはどのような成果があったのでしょうか。

小山さん:取組を始めた2013年から、先生や栄養士の皆さんと、減塩をテーマにしたオリジナルのリーフレットを制作し、市内の小学6年生と中学2年生に配布しています。減塩の必要性と効果などを、イラストやグラフを用いてわかりやすく紹介したもので、より使いやすく、より充実した内容にしたいという先生たちのリクエストで、食材の地産地消の話題を盛り込んだり、塩の効用にも触れたりと、毎年バージョンアップしています。ゼロからのスタートで不安も多かった取組ですが、先生や学校、教育委員会などとの連携があって、今に続くものになっていると思います。

減塩・適塩や野菜摂取などをテーマとしたリーフレット等。

要田さん:糖尿病性腎症等予防事業では、重症化予防プログラムの案内を、対象者に対して個別に行っていますが、主治医からも勧奨してもらうことで、プログラムへのスムーズな導入につなげることができています。生活習慣病対策の必要性を広く市民に周知する上でも、医療関係者の協力は欠かせません。医師会や医療機関とはこまめに連絡を取り合い、新しい事業については、企画段階から相談するなど、日ごろからの関係づくりに努めています。呉市では、2013年に医師会、歯科医師会、薬剤師会の「3師会」に行政が連携する「地域総合チーム医療推進専門部会」を設けて、糖尿病性腎症の重症化予防事業だけでなく、市民のQOLの向上や健康寿命の延伸などに取り組んでいます。

地域総合チーム医療は、生活習慣病の重症化予防には、関係機関との連携、フォローアップする仕組みが必要との考えから生まれた。呉市(国民健康保険)のコーディネートにより医療推進専門部会を設置し、地域の多職種間の連携を推進。

――二つの事業や幅広い連携が評価されて、2013年に「第2回健康寿命をのばそう!アワード 厚生労働大臣優秀賞」を受賞しました。受賞に対する反響はありましたか?

要田さん:アワードの受賞は、市の保健事業をPRする機会になりました。市民に広く知ってもらうきっかけになったのはもちろん、受賞後は他の自治体などの視察が増え、医師会などの医療機関や医療関係者との関係づくりについて聞かれることが多くなりましたが、「丁寧でこまめな対応で行政の内外と連携し、多くの方に関心を持っていただき、協力する環境をつくっていくことが事業を持続的に発展させるポイントです」とお伝えしています。

小山さん:私たちが行っている保健事業は、常に事業評価が難しいものです。食塩摂取量は血圧に影響しますが、それだけが高血圧の原因ではなく、減塩がどこまで効果を上げているかを評価することは簡単ではありません。アワードの受賞は、その評価の難しい事業が認められたことですから、大変ありがたく思いました。また、「減塩の呉」として知名度が上がることは素直にうれしいですし、担当としてはモチベーションも高まりました。

――評価が難しい中で、減塩に関連する事業はどうあるべきでしょうか。アワードの受賞以降の取組を踏まえて教えてください。

小山さん:減塩は長年の食習慣を変えることですから、すぐに身につくものではありません。幼少期から取り組むことが必要なので、小中生向けのリーフレットをつくって啓発に取り組んだり、子育て世代にアプローチしたりしているわけですが、それをさらに広げて、減塩生活の世代別教室を実施しています。離乳食を教える教室で減塩の必要性も伝えたり、高校、大学、企業に出向いて教室を開催したりしています。

世代別で実施している減塩教室の様子。
離乳食の教室でも減塩の大切さを啓発。

 呉市では、「健康寿命日本一のまち」を目指して全世代を通じた健康づくりの取組として「目指せ!健康寿命日本一プロジェクト」を推進しています。2018年からスタートした「第3次健康くれ21」では、市民の1日の食塩摂取量を8g以下にすることを目標に掲げて減塩を推進する一方、企業などへのアンケート調査から、食塩のとり過ぎだけでなく、野菜の摂取不足という実態も見えてきたため、食生活を総合的に改善していく方向で事業を進めています。

多様な対象に対して、切れ目のない健康づくり施策を展開する「目指せ!健康寿命日本一プロジェクト」。

 そこで2021年に、事業名を「適塩ぷらす野菜de食育推進事業」に変更し、食環境整備に力を入れています。具体的な取組には、「食育応援店登録制度」などがあります。この制度は、1食650kcal以下で食塩量も2.6g以下という、おいしくて健康的な食事を提供する飲食店に登録してもらうものです。こうした登録制度を、野菜をおいしく豊富に提供してくれる飲食店、食育を応援してくれる飲食店や事業所などにも拡充したいと考えています。また、スーパーマーケットと共同で、減塩調味料を使用した「適塩メニュー」などを紹介する「はじめよう!適塩プラス野菜生活フェア」なども開催しました。

――糖尿病性腎症等予防事業は、介入する対象者を拡大したそうですね。また、糖尿病性腎症等予防事業をモデルケースに、その他の疾病の予防事業を展開していると聞きました。

要田さん:糖尿病性腎症等予防事業で、予防プログラムを修了した人の80%以上は、HbA1cやeGFRの値が改善もしくは維持しています。高齢者の割合が高い国民健康保険の被保険者では、人工透析に移行する人の割合が低下傾向となっている中、減塩の事業と同様に事業評価が難しいため、2013年以降は、より幅広くトータルに生活習慣病に対処する方向で事業を進めています。たとえば糖尿病性腎症の重症化予防事業では、対象者をステージ第1期や第2期、腎症に至っていない人に広げ、それぞれに適したプログラムを実施しています。また、広島県歯科医師会と広島大学が2013年に発表した「広島スタディ」によって、歯周病と糖尿病の関連性が指摘され、歯周病の治療によってHbA1cの値が改善されるというエビデンスが示されたため、歯周病の検診を始めました。

 他の疾病の予防事業については、2016年度からCKD(慢性腎臓病)の重症化から人工透析への移行の予防、脳卒中や心筋梗塞発症の再発予防にも取り組んでいます。2017年度には骨粗しょう症重症化予防プロジェクトもスタートしました。これは、足の付け根を骨折した高齢者の死亡率は、10%以上になるとも言われる中で、後期高齢者のレセプトや介護のデータなどを突合してみると、要支援・要介護の高齢者では骨折の医療費が最も高く、骨密度および行動障害に関する医療費が要支援の高齢者では第4位ということが分かったためです。

 骨粗しょう症の重症化予防は、高齢者のQOL、医療費の適正化の両面から必要なプロジェクトです。また、骨粗しょう症は高齢者の問題と思われるかもしれませんが、若い世代の過度なダイエットは骨密度を低下させる遠因と考えられますので、今後は若い世代に対するアプローチも必要であると考えています。

2021年10月に開催された「世界骨粗鬆症デーin呉 2021」の模様。来場者を対象とした健康相談会なども行われた。

――新型コロナウイルス感染症の流行によって、事業にも大きな影響があったかと思います。最後に、今後の事業について、ウィズコロナ、アフターコロナを踏まえた展望をお聞かせください。

小山さん:コロナの流行が事業に与えた影響は小さくはありません。減塩の講演会や教室は、中止あるいは少人数での開催となりました。減塩事業で困ったのは、試食や試飲ができないことです。減塩は自分の舌で体験することが大切なのですが、当面は難しいので、何かいいアイデアはないかと模索しています。

藤井さん:コロナの流行で飲食店は大きな打撃を受けました。「食育応援店登録制度」を進めるためにも、協力してくれる飲食店への支援が必要と考えています。

要田さん:コロナによって、看護や保健などに携わる人材の必要性が再認識されたと思います。呉市ではすでに2017年度から「疾病管理指導者養成講座」を実施し、糖尿病性腎症等予防事業をはじめ、さまざまな保健指導にあたる専門家の育成を進めています。これまでの受講者は35人で、そのうち5人が呉市の事業に携わっています。講座は2021年から広島県の事業になり、県では県内の自治体への横展開に取り組んでいます。呉市では引き続き専門家の育成にあたるとともに、そうした専門家が働きやすい環境の整備にも努めたいと考えています。これまでの生活習慣病対策は、国民健康保険の主な被保険者である中高年や、高齢者が対象でした。しかし、生活習慣は乳幼児から高齢者までつながっているので、生活習慣のベースとなる「家庭」への支援、これまであまり行われていなかった乳幼児、基礎疾患のある人や障害のある人を対象とした事業が、健康寿命の延伸という呉市の目標の実現には欠かせません。そのためには、衛生や保健、介護、医療といった市の各部門の情報共有と連携がこれまで以上に求められると考えています。

※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。