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社員食堂の全メニュー減塩化を産学官連携で実現

富士フイルム 和光純薬株式会社(東京工場)

試験研究用試薬や臨床検査薬などを製造する化学メーカー・富士フイルム和光純薬の東京工場(埼玉県川越市)では、2019年11月にスマートミール導入をはじめとする社員食堂の全メニュー(4種類)の減塩化を行いました。そのきっかけや経緯について、連携する川越市保健所、委託給食会社にもお話を伺いました。

社員食堂リニューアルプロジェクトのメンバー。写真左から、富士フイルム和光純薬の相川清和さん(東京工場 管理部 総務課長)、岩田 斉さん(グローバル生産統括本部 生産管理本部 東京工場長)、鈴木乾悟さん(コーポレート本部 総務人事部)。ほかに医務室の看護師も参加した。
社員食堂へのスマートミール導入だけでなく、全メニューを減塩化したとのことですが、きっかけと取組の経緯について教えてください。
相川さん:会社などの事業所の食堂は、年1回、管轄の保健所に「栄養管理状況報告書」を提出するのですが、2019年のフィードバックで私ども東京工場の食堂は、「食塩量が多く、野菜が不足している」という指摘を受けました。また、その際に、当工場のある川越市としても、高血圧対策の一環として事業所給食の減塩化を進めたいということも聞きました。
これとほぼ同じ時期に、親会社の富士フイルムがグループ一体となった健康経営の推進を打ち出し、当工場として従業員の健康づくりをどのように進めていくかを検討していました。こうした理由から、社員食堂を健康づくりの拠点「健康食堂」にリニューアルすることにしたのです。
プロジェクトを始めるにあたって、どのように進めていくべきかを川越市保健所に相談したところ、「取組の継続性を高め、成果を数値で『見える化』していくことなどを考えると、女子栄養大学と一緒に進めていくのがよいのでは」という提案を受けました。女子栄養大学は、管理栄養士や栄養士など、食と健康のスペシャリストを養成している大学で、川越市の隣の坂戸市にあります。そこで、川越市保健所の紹介で女子栄養大学と3者で話し合ったところ、事業所給食に介入することで従業員の健康への影響について研究したいという意向を持っていることが分かりました。
事業所給食を通じて、市は減塩化、大学は研究、私たちは従業員の健康づくりという関連した目的をそれぞれが持っていたため、産学官が連携して進めていくことになり、事業所給食の委託先であるグリーンハウスを加えた体制で、具体的な取組がスタートしました。
鈴木さん:最初に川越市保健所と女子栄養大学とで作成した食堂運営介入案を、当工場とグリーンハウスを交えた4者で協議しました。私たちは、食堂の利用者全員の高血圧予防につながる環境を整備したいと考えていたため、「おいしくて、ヘルシーな食事の提供」を目標に掲げるとともに、全メニューで一食あたりの食塩相当量を3.5g未満とする減塩対策の実施を決めました。この中にスマートミールの導入も含まれます。
4者はどのような役割分担で進めていったのでしょうか。
鈴木さん:川越市保健所と女子栄養大学には、従業員のヘルスリテラシー向上のための集合教育の資料作成や講師、食堂に掲示する健康教材の作成やアドバイスなどを依頼。グリーンハウスには、メニュー開発と集客のためのポスター等の作成をお願いしています。当工場が、その3者への連絡窓口のほか、食堂運営にかかわる費用等の管理、従業員の啓もう活動などを行っています。
感染症の飛沫感染を防止するために設置している座席を仕切るアクリル板に、健康リテラシー向上を目的としたコンテンツを掲示。女子栄養大学、川越市保健所が作成に協力している。
また、効果検証として、女子栄養大学による尿中ナトリウムの測定・分析を行っています。これは、大学の「従業員食堂の整備と高血圧予防に関する研究」の一環として、当工場の中央安全衛生委員会で承諾を得て、希望する従業員が参加するという形で行っているもので、参加率は約8割に達しています。なお、検体の回収率を上げるため社内定期健康診断の時期(5月・11月の年2回)に合わせて実施しています。
食堂のリニューアルをどのように進めていったのか具体的に教えてください。
鈴木さん:まず、メニュー作りについては、魚料理がメインだったBランチをスマートミールに変更することにしました。力仕事をする男性社員が多いため、スマートミールは「ちゃんと」と「しっかり」のうち、「しっかり」を選びました。
その他のメニューも含めて全メニューを一食あたり食塩相当量3.5g未満にすることが目標でしたので、みそ汁は、汁の量を150ccから120ccに減らし、具の量を1.2倍に増やすことで、食塩相当量を1.4gから1.0gに減らすことができました。味の物足りなさは、粉末だしを1g加えることで補っています。また、具の野菜を増やすことでカリウム(体内のナトリウムを体外に排出する働きがある)の摂取量を増やすねらいもあります。
(写真左)食堂入り口にその日の全メニューをディスプレーし、主な栄養価を表示。(写真右)この日のスマートミールメニューは「牛肉と豆腐のトマト煮」。ランチを終えた従業員からは、「一食の中で味にメリハリがついているので、物足りなさはありません。ちょうどいいボリュームで、いつもスマートミールを選んでいます」という感想が聞かれた。
麺類については、メニュー自体を食塩相当量3.5g未満にすると、おいしくないことが分かったので、「スープを飲まなければ食塩摂取量が3.5g未満になる」という対策にしています。穴あきレンゲを導入して、できるだけスープを飲まず具材のみを食べるようにすることで、食塩摂取量を2~3g減らすことができます。現在はこれに加え、スープ自体の量を減らせる上げ底の器を導入することを検討しています。
カレーについては、リニューアル当初は減塩化するとともに具だくさんにしていました。しかし、利用者アンケートで「味が物足りない」「おいしくない」といった意見が多かったため早急に改良し、スパイスを利かせたインド風カレーにすることで減塩とおいしさを両立させました。インド風にしてからは非常に好評です。
食堂のリニューアルを進めていく上で苦労したことはなんでしょうか。
鈴木さん:いちばんはコスト対策です。野菜をはじめとする食材の増加や減塩調味料への変更に伴うコストアップがネックになりました。何も対策をしないと、一食あたりの値段が100円、メニューによっては200円近く上がってしまうことが分かったのです。だからと言って値段を上げてしまうと利用者が食堂離れを起こし、運営が成り立たちません。そこで、提供方法やメニュー数の見直しなどでコストアップを抑えられないか、ということで検討を進めました。その主な対策をまとめたものが下の図です。これらの対策によって、従来と同じ利用者の負担額で提供することが可能になりました。
「健康食堂」に対する利用者の反応・感想はいかがでしょうか。
相川さん:2019年11月に「健康食堂」がリニューアルオープンした直後は、「まるで別の食堂になってしまった。このままなら利用しない」といった厳しい意見もありましたが、カレーやみそ汁の改良を行った結果、現在はおおむね好評です。従業員アンケートの回答では、「しっかりと味を感じる」「明らかにおいしくなった」「いつもスマートミールを食べたい」「野菜をもっと食べたい」「実際食べてみるとお腹いっぱいになる」といった感想が目立ち、食堂に対する満足度も向上しています。
利用者数はリニューアル前の一日平均230人から210人に減りましたが、コロナ禍の影響で食堂利用を控えている人がいることが主な理由です。とはいえ、できるだけ多くの人に利用していただきたいので、感染対策を講じつつ、従業員の目に留まりやすい場所にイベントメニューのポスターを掲示するなどしてPRしています。
更衣室がある建物の入り口にイベントメニューなどのポスターを掲示。従業員の大半が目にする場所でPRすることで、集客につなげるねらい。
従業員の健康状態に変化はあったのでしょうか?
鈴木さん:従業員アンケートと女子栄養大学による調査の結果では、リニューアル前後の比較で、「食塩摂取量は有意な差ではないが減少の傾向(事前平均値:10.2±2.2g→1年後平均値:9.8±2.4gと0.4g減少)」がみられました。ただ、従業員の減塩意識は、事前から1年後に有意な変化がみられ、「時々気を付けている」者が30.9%から47.5%に増加しました。また、「麺類・汁物・丼物・漬物を食べる頻度がやや減少」「麺類の汁を飲む量、調味料の使用量は減少傾向」など、少しずつ変化が現れています。引き続き観察していきたいと思います。
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
鈴木さん:昼の一食だけで健康なからだをつくるのは難しいですが、意識は変えられると信じています。従業員の中には「スマートミールの味付けを参考に家の食事を作っている」「健康を意識して体重を測るようになった」「自分で作る食事の味が濃く感じるようになり、薄味にするようになった」という人も出てきました。こうした意識を持つ人を増やしていくためには、引き続き「健康食堂」を起点として健康情報を発信していくとともに、集合教育と保健指導を強化していくことが大切だと考えています。
私自身は現在、本店の総務人事部にいるのですが、当工場での取組を他の事業場にも広めていきたいですね。本店で働く従業員に対してもスマートミール弁当の提供など、食事を通じた健康づくりの取組ができないだろうか、と考えています。
相川さん:当工場としては、まずは「健康食堂」を継続・発展させていくことが大切だと考えています。この取組は、職域にとどまらない地域ぐるみの健康づくり活動としても意義のあることだと思っていますので、引き続き川越市保健所、女子栄養大学と連携しながら、着実に進めていきたいですね。

<川越市保健所 担当者の声>

富士フイルム和光純薬の事例をきっかけに、他の事業所給食への働きかけがスタート
川越市は、2020年度から「健康かわごえ推進プラン(第2次)」を推進しています。この計画の策定段階において、健康に関する意識や取組状況を聞く市民アンケートの結果や、特定健康診査有所見率などの分析から、川越市の高血圧の割合が国や県に比べて高い(拡張期血圧有所見率の全国平均を100とした場合、埼玉県は約105、川越市は男性約110、女性約120。平成28年度)こと、働き盛り世代の健康意識・取組に課題があることなどが分かりました。
また、「栄養管理状況報告書」から、市内に50数か所ある事業所給食のうち、かなり多くの事業所で食塩を摂りすぎていることも分かっていました。しかし、事業所給食の改善活動を推進するためには企業と委託給食会社の理解が必要で、なかなかアプローチできずにいたのです。
今回、富士フイルム和光純薬さんと一緒に事業所給食の減塩化を進めることができたのは、会社として従業員の健康づくりを推進したいという非常に強い気持ちがあったことが挙げられます。
しかし、「保健所の指導」という形では、保健所が手を引くと逆戻りしてしまう恐れがあります。そこで、取組の経過・成果を数値で見える化し、一緒に考えながら取り組んでいく体制とするために、「健康かわごえ推進プラン」の策定などにご協力いただいている女子栄養大学さんを紹介しました。また、食堂のメニューなどを継続的に改善していく上でも、立場の異なる複数の管理栄養士・栄養士の目があったほうがいいだろうという判断もありました。
川越市では、今回の富士フイルム和光純薬さんの取組がきっかけとなり、少しずつ他の事業所給食への介入が始まっています。働き盛り世代に減塩を意識づけることができれば、その家庭で育つ子どもにも減塩の習慣が広まり、長い目で見ればやがて全世代の減塩につながると考えています。働き盛り世代、事業所給食への介入は他の多くの保健所にとって課題だと思いますので、川越市の取組が参考になればうれしいですね。
(川越市保健所 健康づくり支援課 管理栄養士・佐藤麻記子さん)

<グリーンハウス 担当者の声>

「全メニュー減塩」に挑戦できたのは事業者の強い意志のおかげ
「社食のメニューを減塩したい」という事業者の要望は多いものの、「全メニュー減塩」は当社として初めてのケースです。最初に聞いたときは驚きました。特に麺類は、食塩の量によって「おいしい」と「おいしくない」を分ける限界値があるので、あきらめてもらうことを考えていたほどです。それでもチャレンジしようと思えたのは、富士フイルム和光純薬さんの「絶対に実現する」という強い意志とサポートがあったからです。減塩のために、カレーはスパイスを利かせてインド風にする、みそ汁に粉末だしを加えるといったアイデアは、このチャレンジから生まれました。他の食堂でも応用できる工夫なので、広めていきたいですね。
(グリーンハウスグループ グリーンホスピタリティフードサービス株式会社 管理栄養士・望月ひとみさん、栄養士・藤波京子さん)