健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT

健康寿命をのばそう!アワード

「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣 最優秀賞 受賞地域の多様な主体を巻き込みながら拡大する健康づくり

まちぐるみで取り組む食環境整備により健康寿命の延伸を目指す
下呂・減塩・元気・大作戦
下呂市役所(岐阜県)

市内の14の団体が参画する減塩推進委員会を中心に、市民ぐるみの減塩作戦を展開し、
「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働大臣最優秀賞を受賞した下呂市役所(岐阜県)。
取組の輪が拡大していった経緯と、多様な主体を巻き込んでいくポイントについて、
下呂市役所の森本千恵氏(健康福祉部 健康医療課 課長)にお話を伺いました。

――下呂市減塩推進委員会(以下、推進委員会)は、地域の多様な主体で組織されています。メンバーのロータリークラブや商工会、医師会、小・中学校、栄養士会、JAなどに、どのようにして参画してもらったのでしょうか。

森本千恵氏(以下、森本氏):推進委員会は平成29年度に発足したのですが、きっかけは平成28年度に、下呂市の医師会の地域医療担当医師に相談に行ったことでした。

下呂市は高血圧の方が多く、脳血管疾患で治療した患者の割合は、平成23~28年の間は県内42市町村でワースト5位以内、平成27年度はワーストでした。この課題は平成13年からデータヘルスの取組を始めたことで明確化し、行政の保健師や管理栄養士が保健指導を頑張っていたものの、はっきりとした成果は現れず試行錯誤を続けていました。

下呂市 健康福祉部 健康医療課
課長の森本千恵氏

高血圧の原因のひとつは、食塩取り過ぎです。平成23年に岐阜県が行った県民栄養調査によると、下呂市を含む飛騨地域の1日あたりの平均食塩摂取量は12.7gで、岐阜県平均の10.1gや、国民健康・栄養調査の全国平均を大きく上回る状況でした。その原因を考えていく中で、子どもの頃からの食習慣が関係しているのではないかという仮説を立てました。そこで、平成25年、保育園や幼稚園で3歳児、5歳児の尿中ナトリウム量を測定し、食塩摂取量を推定することにしました。その結果、国が定める『日本人の食事摂取基準2010』で策定された値(5.0g未満)を上回る食塩を摂取している子どもが8割以上ということが分かったのです。この結果には非常に驚きました。「子どもの頃から食塩を取り過ぎているようでは、将来どうなってしまうのだろう。なんとかしなければ」と思い、これらのデータを持って下呂市の医師会の地域医療担当医師を訪ねました。

出所:「平成25年 下呂市3歳児健診」(下呂市調べ) 8割超が基準値以上の食塩を摂取していることが判明。「危機感の共有につながった」(森本氏)

この結果を見た医師は大変驚き、医師会や行政などが連携し、子どもたちの未来や地域医療を守るための活動を推進していくこととなりました。高血圧を抑えるため、まちぐるみで取り組むことができることは「減塩」だと意見が一致し、推進委員会の設立に向けて動き出しました。「子どもでさえ食塩を取り過ぎ」という実態をデータで明らかにし、それを共有できたことで、「このままではいけない。何かをしなければいけない」と思ってもらえたのでしょう。健康づくりに関わる団体、食に関する団体の皆さんも、減塩の取組を進めることについて、すぐに快諾してくれました。また、医師会とはそれ以前から健康づくりの取組を一緒に進めていて、関係性が良かったこともスムーズに進んだポイントだと思います。

このような経緯で発足した推進委員会は、下呂市の複数の課も含めて14団体で構成しており、委員は1団体につき1〜2人です。

地域の14団体で構成する下呂市減塩推進委員会(提供:下呂市)

――多くの関係者がいる中で、同じ目線で取組みを進めていくのは大変だと思うのですが、ご苦労はありませんでしたか。

森本氏:ありがたいことに、大変だと思ったり、苦労を感じたりしたことはありません。今回の取組を始めた時、私はリーダーとして関係先を回ったのですが、皆さん「自分ごと」と捉えてくれ、非常に好意的でした。子どもたちを守るためにも「このままではいけない」「自分たちがやらなきゃ」と思ってもらえたのだと思います。
また、推進委員会のメンバーの多くが、それ以前から検討を重ねてきた下呂市の健康増進計画である「健康げろ21」推進会議の策定委員で、市民の健康課題についての共通認識を持っていたこともスムーズに進められた理由だと思います。

――市長や上席の方の理解はすぐに得られましたか。

医師や転勤者などから、「下呂市は料理の味付けが濃い」と言われてきたこともあり、以前から、市長を含めて多くの市民が「食塩が多いのだろう」という感覚はあったと思います。加えて、当時の市長はご自身の血圧が高めだったこともあり、すぐに理解を得られました。イベント時には減塩食品やチラシの配布を率先して行ってくれていました。

――ここからは、「下呂・減塩・元気・大作戦」の具体的な施策について伺っていきたいと思います。まずは、減塩推進協力店の募集・認定について、どのような取組をされてきたのか、お聞かせください。

森本氏:減塩推進協力店(以下、協力店)には、商品を取り扱っている販売店と、減塩料理を提供している飲食店の2種類ありますが、ともに平成30年度から募集を始めました。国保の特定健診の検査項目に、尿中ナトリウム量から食塩摂取量を推定することが新たに加わった年です。市民の皆さんが、自分の食塩摂取量を把握できるようになったため、このタイミングで減塩食品をもっと食べてもらいたいと始めました。

協力店には、のぼりやポップの掲示、減塩チラシの配布などをしていただき、販売店の中には減塩コーナーを設けていただいた店もあります。地域担当の保健師や管理栄養士が協力店を随時訪問し、さまざまな情報共有をしています。「店長さんと仲良くなる作戦」で、いろいろなお話をできる間柄になって、連携して取組を進めてきています。

――協力店を増やすために、どのようなことを行っているのでしょう。

森本氏:商工会によるチラシ配布やHPでの告知で募集したほか、推進委員会の委員が自分の行きつけの店に声をかけてくれたり、市の職員がお店に行ったりして地道に増やしています。販売店は当初11店舗から始めて現在14店舗、飲食店は当初2店舗で現在12店舗になりました。また、日本高血圧学会が毎月17日を「減塩の日」としていることにちなみ、その前後1週間の毎月14〜20日を「下呂市減塩週間」と定めました。この期間は、商工会加入の店に減塩推進を呼びかけるなど、PRを強化しています。

下呂市減塩週間には、協力店の認定式も開いています。認定式では、市長や副市長がお店の方に認定証を手渡しているのですが、その様子をメディアが取り上げてくれることで認知度が高まり、さらなる増加につながっています。また、「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」を受賞したことでさらに注目度が高まり、応募が増えています。

商工会を通じて配布した募集チラシ(提供:下呂市)
「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」(2019年)表彰式の模様。下呂市役所は厚生労働大臣 最優秀賞を受賞。

――お店の方や消費者の反応や感想はありますか?

森本氏:うれしいことにお店の方からは、「自分も高血圧だったので、減塩商品をもっと売りたい」「減塩コーナーをつくったら、4割増しで売れるようになった」といった声が寄せられています。それぞれのお店でも工夫してくれていて、「醤油が少ししか出ない醤油さしをテレビで見たので、さっそく仕入れて減塩食品のそばに置いた」という店長さんがいましたし、オリジナルの手描きポスターで減塩商品をPRしてくれたお店もあります。

また、消費者の方からは、国保の特定健診などで、「いつも減塩食品を食べています」という声をもらえたり、「店長さんに減塩食品をもっと置いてほしいとお願いした」という声ももらえました。

――日本高血圧学会(以下、JSH)の減塩食品リスト掲載品を保有するメーカーとの連携は、どのように進めているのでしょう。

森本氏:まずは減塩食品についての理解を深めようと、平成30年度にJSH減塩委員会オブザーバーの野村善博さんに依頼して、減塩食品をテーマにした講演会を行っていただきました。その講演会の後、野村さんの全面協力もあって、食品メーカーの方が市内のお店を訪問してくれました。各店舗は卸売を通じて商品を仕入れていますが、食品メーカーの方から直接、商品のお話を聞き、減塩食品を試食したことで、理解を深めることができました。それにより、協力店における減塩食品の取扱いが増え、市民の皆さんに、より商品の美味しさや特徴などを伝えられるようになったことで、売上も増えていると聞いています。

――ヘルスメイト(食生活改善推進員)による減塩料理の開発と普及については、どのようなメニューを開発し、どのように普及を図っているのでしょうか。

森本氏:第一弾として、「減塩けいちゃん」のレシピを開発しました。「けいちゃん」は市民に馴染み深い郷土料理で、鶏肉を醤油や味噌に漬け込んで、フライパンなどで焼くものです。家庭でもお店でも人気で、食べる頻度が多いことから、市民の食塩の摂取量増加につながると考え、「けいちゃん」の減塩に最初に取り組むことにしました。

ヘルスメイトの皆さんには、様々な調味料を試すなどの試行錯誤をしていただき、美味しくて減塩できる自宅用レシピを作成してもらったところ、減塩味噌と減塩醤油を使って食塩を控えめにし、さらに漬け込むタレに豆板醤を加えて辛みをつけることで味噌や醤油の量を減らし、おいしく減塩することに成功しました。イベントで参加者の方々に、「けいちゃん」と「減塩けいちゃん」を食べ比べてもらったところ、「ほとんど差がない。どちらも美味しかった」「家で早速つくってみたい」という声も寄せられました。ヘルスメイトの皆さんは楽しみながら取り組んでくれましたし、試食が好評だったことで達成感を感じてもらえたようです。「減塩けいちゃん」のレシピは、イベントや、健康診断の「ヘルスメイトコーナー」などで配布しています。

また、「けいちゃん」の減塩には地元の飲食店や食品メーカーも協力してくれています。飲食店は「減塩けいちゃん」をメニューとして提供する、食品メーカーは減塩した「けいちゃんのタレ」を商品化して協力店で販売するというように、「減塩けいちゃん」の輪が広がっています。

下呂市ヘルスメイトが考案した「家庭用減塩けいちゃん」のレシピ(提供:下呂市)
レシピをクリックすると印刷用PDFが表示されます。

――その他のメニューについてはいかがですか。

森本氏:「けいちゃん」以外の郷土料理の減塩も推進していきたいのですが、新型コロナウイルスの感染拡大によりヘルスメイトが集まることが難しく、なかなか進められないのが現状です。減塩レシピの検討は続けているので、状況が落ち着いたら再開したいですね。

――子どもたちへの減塩教育、市民への普及啓発にも力を入れていますね。

森本氏:平成30年度に下呂市の教育大綱に減塩教育が盛り込まれ、各学校で減塩教育を進めています。文部科学省のモデル事業にも採択されました。

また、下呂ロータリークラブが平成28、平成29年度の2年間、小学1年生のお子さんがいる全家庭に塩分計をプレゼントしてくれたのですが、その際に各学校へ行き、「1日の適正食塩量はこのくらい」など、減塩教育を行ってくださいました。塩分計の効果は大きく、親子で味噌汁などの汁物の塩分濃度を測り、家庭で減塩の話をする機会が増えたようです。普段の生活の中で「貝の味噌汁だと塩分濃度が高くなる」「野菜が多いと塩分濃度が低い」といった気づきが得られる影響は大きいようで、「料理を工夫するようになった」という声も届いています。

保育園や小学校の給食でも減塩に取り組んでいるのですが、影響が大きいのはやはり家庭での食生活です。保護者に対し、子どもの尿中ナトリウム量の測定結果をお話する機会を設け、家庭での減塩を促すようにしています。その結果、幼稚園・保育園児の尿中塩分濃度の数値は少しずつではありますが、良くなってきています。

また大人に対しても様々なアプローチをしており、特に体験できる場を増やすように意識しています。例えば特定健診会場やイベントなどで、減塩に対して理解を深めてもらうようにしています。特定健診では尿中ナトリウム量が多くショックを受ける人や「もう1回測ってほしい」と言う人も少なくありません。塩分値が高いことを自覚することで、自分なりに工夫して減塩に取り組み、数値が改善する人もいます。

市内の小学校で栄養教諭が減塩教育を実施(提供:下呂市)


減塩ポスターコンクールを開催し、市内の小中高校生から作品を募集。2020年は31作品の応募があり、市長賞など18作品を表彰した(提供:下呂市)

――市民にJSH減塩食品リスト商品を紹介する機会も設けているそうですね。

森本氏:母子手帳の交付、3歳児健診、特定健診の結果説明会の時に、減塩食品を配ったり、試食してもらったりしています。また、協力店において減塩商品を販売していることをPRしています。

さらに、健康づくりを積極的に進めている「下呂市健康増進推進事業所」では、職員の皆さんがお弁当を食べるタイミングでランチセミナーを実施しています。保健師や管理栄養士が出向き、減塩食品を紹介し、試食してもらっています。「減塩食品は『まずい、味が薄い』というイメージがあったけど、美味しかった」「売っていることすら知らなかった」などと言ってもらえています。

――スマートミール認証制度への応募促進や支援を行っているとのことですが、具体的にどのような施策を行っているのでしょうか。

森本氏:市の管理栄養士3人が、スマートミール認証の取得を希望する飲食店のメニュー監修や応募をサポートしています。現在まで、2店舗が申請、取得しました。ほかにも認証取得を考えている店舗はあるので、今後も支援してきたいと考えています。

――これまでに伺った取組により、健康課題や1人あたり医療費などに変化はありましたか。

森本氏:従来からの課題だった重症高血圧者や脳血管重症者の人数は減ってきています。一方、もともと下呂市には人工透析患者は比較的少ないとはいえ、腎機能が低下している方が多い状況です。これは、今後改善していかなければならない課題だと認識しており、その旨を市民にもお伝えしています。

医療費についても変化が出ています。取組を始める前は下呂市国保の1人あたりの医療費は県内トップクラスでした。高齢化が進み、医療が高度化している中で減らすのは難しいものの、順位は少しずつ改善しています。病気や症状を予防してくことが大切だと思っています。

出所:「平成30年 下呂市特定健診」(下呂市調べ)

――「第8回 健康寿命をのばそう!アワード」(令和元年)の受賞時に、今後の展望として、①減塩できる食環境づくりとしてスマートミールの登録者や協力店の増加、郷土料理の減塩化と商品化 ②家庭の中に減塩を浸透させるため、地域単位での住民向け減塩イベントの開催 ③重症高血圧者を減らすため、かかりつけ医と連携した保健指導や栄養指導による個別アプローチの強化――を挙げられていましたが、それぞれの進捗状況についてお聞かせください。

スーパーなどの協力店では、ポップや特設コーナーを設置して減塩商品をPR(提供:下呂市)

森本氏:まず1点目ですが、アワード受賞以降、協力店は増加しています。郷土料理の「減塩けいちゃん」は好評で、店頭に並んでいる商品には売り切れているものもあります。

2点目については、令和2年度はコロナ禍でイベントを実施することが難しかったです。本来であれば、本年度のイベントは開催方法を変えて実施したいと考えていました。例年は年1回、市の中心部で大規模な減塩イベントを開いてきたのですが、これでは「来られる人が限られるのではないか」という意見が推進委員会の委員、市の職員から出ていたからです。そこで、令和2年度は旧町村の中心地域5カ所で開催しようと計画していました(※下呂市は平成16年3月に5町村が合併して誕生)。最終的にコロナ禍の影響により実現は叶いませんでしたが、それができなかった代わりに、減塩のチラシを配布したり、新聞に折り込みしたりしましたが、次年度こそは開催できる状況になってほしいですね。

3点目については、下呂市では保健師や管理栄養士によるハイリスクアプローチ、ポピュレーションアプローチの両方を進めてきています。II度以上高血圧者(JSHのガイドラインによると、診察室において最高血圧が160~179、最低血圧が100~109)に対しては、全戸訪問や二次検査を行ってきましたが、「減塩チャレンジ」として減塩商品を試してもらったり、血圧計を貸し出したりして、1年かけて改善してもらう取組をしています。血圧が高い人に対しては、かかりつけ医が栄養指導箋を発行して管理栄養士に「栄養指導してください」と声掛けをし、それに基づく栄養指導を始めました。

――そのほかに、今後、取り組んでいきたい健康課題があれば教えてください。

森本氏:減塩については、行政だけではなく、民間の方々も熱心に取り組んでくださるおかげで、高血圧の人、脳血管疾患の受診者が減少するなど、効果が出てきています。今後も減塩は推進していきますが、コロナ禍における運動不足や肥満なども気になるところで、運動による健康づくりに力を入れていく必要があると感じています。スポーツ施設の方と話し合いを進めているところで、減塩と同様、官民一体で取り組みたいと考えています。

――本日、お話を伺っていて、非常にいい形で地域の多様な主体と連携・協業でき、成果につなげられていると感じました。地域や企業との連携・協業において大切なことは何だとお考えでしょうか。

森本氏:一番大切なのは、市民の実態や健康課題を分かってもらい、同じ土俵で一緒に何ができるのかを考え、進めることだと思います。官民で感覚の違いはあっても、それを受け入れた上で役割分担することも重要ではないでしょうか。

また下呂市のケースでは、最初にお話ししたように、「子どもが食塩をとり過ぎている」という危機感の共有が非常に大きかったと思います。それによって推進委員の皆さんが、「これは他人ごとではない」と捉えてくれたのだと感じています。実際、「健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣最優秀賞を受賞した際に会費制でささやかな祝賀会を開いたのですが、参加した委員から「自分たちの取組が市民の健康につながっていてうれしい」というありがたい声をもらうことができました。

――最後に、下呂市と同じように生活者や従業員などの健康づくりに取り組んでいる担当者に向けてメッセージをお願いいたします。

森本氏:地域はもちろん、企業にもそれぞれ異なる歴史や文化があり、人にはそれぞれの生活があります。「どこかと同じ」ではなく、まずは、自分たちの地域や従業員などの健康実態に目を向け、課題をきちんと把握することが大事だと思います。そして、その課題を「見える化」することで、関係者の方々に「自分ごと」と捉えてもらい、「何とかしなきゃ」と思ってもらえるようにできれば、健康づくりの取組は着実に進んでいくと思います。

下呂市もまだ改善する必要があると考えており、ほかの自治体や企業などの事例も参考にして、今後も減塩をはじめとした取組を進めていくことを考えております。ともに情報やノウハウ、思いを共有しながら頑張っていきましょう!

※記事中の部署・役職名は取材当時のものです。